交響曲第2番 ハ短調 「復活」
フルート4(すべてピッコロ持ち替え),オーボエ4(3,4番はイングリッシュ・ホルン持ち替え),クラリネット3(3番はバス・クラリネット持ち替え),小クラリネット2(2番は4番クラリネット持ち替え),ファゴット4(4番はコントラファゴット持ち替え),ホルン6,トランペット6,トロンボーン4,テューバ,テンパニ2(各3台ずつ),大太鼓,小太鼓(できれば複数),シンバル,トライアングル,タム・タム(大小2),グロッケンシュピール,鐘3,むち,オルガン,ハープ2,弦5部。舞台裏にホルン4(7〜10番ホルンとしてオーケストラでも使用),トランペット4,ティンパニ,大太鼓,シンバル,トライアングル。
ソプラノ独唱,アルト独唱,混声合唱。
マーラーは、ブタペストの歌劇場の指揮者をしていた1888年から「第2交響曲」のスケッチに取りかかった。しかし、「第1交響曲」の完成と初演のことや歌劇場の仕事があったりで、このスケッチはなかなか進捗しなかった。それに加えて、1889年はマーラーにとって悲劇な年だった。これほどに悲劇が重なったのも、マーラーの生涯では珍しいことだろう。まず、2月18日に父親が61歳で死去した。7月には、痔の手術をした。10月11には、母親が52歳で死去した。これでマーラーは、一家の最年長者になった。ところが、すぐ下の妹レオポルディーネも、この年に脳腫瘍で世を去っている。そうしたことに加えて、「第1交響曲」の11月の初演は、マーラーに大きな失望を味あわせた。そして、新たな支配にが赴任してきてからは、マーラーと支配人との間にいさかいが絶えず、1891年にブタペストを辞任した。それからまもなく3月29日にハンブルク市立劇場の主席指揮者に就任した。ハンブルクでは、この地を本拠として活躍してきた病弱のハンス・フォン・ビューロー(1830〜1894)から絶大な支持を受けることになった。そして、1892年12月からはビューローの代役も積極的に担当することにした。それより前の1891年9月にマーラーは、これまで書き続けてきた「第2交響曲」の第1楽章をビューローにピアノで演奏して聴かせているが、ビューローは、この曲を「トリスタン」の響きをハイドンの交響曲に持ち込んだようなものとして、好まなかった。
マーラーは、1893年からは夏をザルツブルクの近くのシュウタインバッハですごし、創作に集中することにしている。その最初の夏期は、「交響詩」を「交響曲第1番 巨人」と呼ぶことにした作品の改訂の他に「交響曲第2番」の現在の第2楽章から第4楽章までの管弦楽総譜の第1稿の完了に費やされている。そのうちの独唱をもつ第4楽章「原光」のピアノ伴奏要の楽譜は、すでに1892年に書かれていたらしい。
ビューローは、1894年2月12日カイロで病没した。葬儀は、3月29日にハンブルグのミハエリス協会で行われた。もちろんマーラーも列席した。マーラーは、この頃「第2交響曲」の第5楽章に使う歌詞を探し求めていた。この葬儀の時の印象を次のように書いていたことがある。「私が味わった気分、死を考えた気分が私の手をつけていた作品の精神にぴったりとあてはまった。そのときのオルガンの壇の上からクプロシュトックの<復活>の合唱が響いてきた。私は電光のようにうたれ、私の心の中のすべてが落ち着きはっきりしてきた。あらゆる創作芸術家が待ちこがれていた瞬間だった。」マーラーの心配は、この終楽章がベートーヴェンの「第9交響曲」のまねだと受け取られはしないかということだった。そのために、ベートーヴェンの場合と内容的に完全に違った、しかも曲にふさわしい歌詞を探していたのである。そのマーラーに適切な歌詞として啓示をあたえたのがクプロシュトックの<復活>という賛歌だった。クプロシュトック(1724〜1803)は、ハンブルクで死亡したドイツの詩人で、ドイツ文学に於ける古典主義の創設者とも言われている。マーラーが葬儀で感銘を受けたのは、クプロシュトックの<復活>の詩に誰が音楽をつけたものかはわからないが、むしろこの音楽自体でなく詩そのものだったようである。このクプロシュトックの<復活>の詩を第5楽章で使うことにしたのだがこの詩をそのまま用いたのではなく、とくに第3節以下にに大きく手を加えた。こうして、元来の詩にある宗教的なことの諦めは、マーラー独特の死の力に対する救いの祈りのようなものにかえられ、復活があるからこそ死は生の消滅ではなく、この世の人生の苦労は十分に意味深いものであって、人間は無駄に生まれてきたのでもなく、無駄に悩んできたのではないという思想のものになっている。
この曲は、「第1交響曲」と比較して、大規模な管弦楽を要求し、特に金管と打楽器を増加している。そして、さらに声楽(ソプラノ独唱、アルト独唱、混声合唱)も必要とする。また、構成的にも伝統的な4楽章制ではなく、5つの楽章を持っている。このように、マーラーふうの巨大さへの傾向の最初の作品が、交響曲となった。しかし、「第1交響曲」でも認められたマーラー的な特徴、例えば素朴な叙情性、線的対立法の愛好、民謡風な旋律の使用、自然への憧れの姿勢などは、この「第2交響曲」で十分にみられる。この曲は1888年から書き始められ、1894年のビューローの葬儀までにすでに初めの3楽章が書き上げられていた。その後同年のうちに、後の2楽章が書かれ、こうして、全曲がハンブルクで完成された。この曲の初めの3楽章は、1895年3月4日にベルリンで、マーラー指揮のベルリン・フィルハーモニーによって初演された。全5楽章の初演は、1985年12月13日にやはりベルリンで、マーラー指揮のベルリン・フィルハーモニーによっておこなわれた。この時には、満足のゆくリハーサルを重ねるために、マーラーは自費でオーケストラを雇ったという。曲は聴衆からも楽団員からも支持されたものの、批評家たちの意見は肯定派と否定派に分かれていた。
この曲の楽譜は、1897年にライプツッヒのホーフマイスターから出版されたものの、マーラーは晩年の1910年にさらにまたこれに補筆をしている。
第1楽章 アレグロ・マエストーソ。ハ短調。4分の4拍子。この楽章の主題法はマーラーのほとんど全ての交響曲同様、古典的な明瞭な形をもつものではなく、個々の部分主題から成る主題群というべきものである。曲頭弦で出る4小節の楽句は第1主題中の第1部分主題であり、それに続く4小節のスタッカートの降下線を描く楽句は同じく第1主題第2部分主題である。その後4小節を隔てて、オーボエとホルンに出るのは第2主題。音が総奏の全域に広がり、音量がffに達した後、急に衰えて、第3主題がヴァイオリンに出る。これはPPPで始まる荘重な葬送行進曲とみられる。この楽章の上記3主題群を用いて、あるいは律動的に、あるいは旋律的に変化させ、伴奏は対位法的に進み、独立した動機にまで拡大されて、変化に富んだ構成を示している。またこの楽章は興奮の爆発を描き、繰り返し向かってくる力に対する反抗と突撃を表しているとも考えられる。
第2楽章 アンダンテ・コモド。変イ長調。8分の3拍子。弦が奏でる6小節のグラツィオーソ第1主題は、フォルクマン作の「ヘ長調セレナード」中のワルツに似ているといわれる。転調して第2主題の3連音の非常に弱い部分に入る。やがて高音の管にドルチェの美しい旋律が出る。第3主題である。これらの諸主題が、管弦各部に巧妙に変化しながら取り扱われ、軽快に動いていく。ことにチェロの奏でる旋律はきわめて表情的である。最後のハープの上昇音があり弦の和音で終わる。この楽章は、日常生活に戻って和やかな気分中にあるようである。
第3楽章 スケルツォ。ハ短調。8分の3拍子。この楽章には歌曲「子供の不思議な角笛」から<魚に説教するバドヴァのアントニウス>が材料として使用されている。まず12小節の管と打楽器による序奏があり、ついでヴァイオリンの16分音符の上下する第1主題が出る。この型はヴィオラ、ついで木管に引き継がれる。その後8分音符の第2主題が木管で登場する。金管弦が活躍し始めるが、まもなく楽器を減らし、オーボエの弱音に第3主題が現れる。再び楽器の範囲を拡大し、音量的にも増大し、主題材料を随所に扱いながら進む。この楽章ではハープの活躍が顕著である。主要部の不安な気持ちのものであり、トリオは歌うように安らかな感じであるが、その後ふたたび主部の不安に戻る。半音階、音の急変、無窮動のようなグロテスクな音楽的材料が豊富に盛られている。
第4楽章 きわめて壮麗に、しかし単純に、コラール風に。変ニ長調。4分の4拍子。全体でわずか69小節の短い楽章。詩集「子供の不思議な角笛」に作曲した<原光>が歌われる。導入なしにアルト独唱がPで「おお、くれないのちいさなバラよ!人間は大きな苦悩のもとにある!人間は大きな苦悩のなかにある!・・・」と歌う。弦がPPPで伴う。第4小節からの管によるPPでおもむろに上昇する旋律は第1主題。この楽章は4分の3拍子、4分の4拍子、分の5拍子、4分の6拍子など拍子がしばしば変わるところに特徴がある。いくらか動きを増して、しばらくすると、表情的な第2主題が独奏ヴァイオリンに現れる。ふたたびアルト独唱が「そこに1人の小天使が来て私を退けようとした。あ、いいえ!私は退きはしなかた!・・・・・・とこしえの至福の生にまで私を照らしてくれるdろう。」と素朴に厳粛に歌う。終わりに近づくと楽章の初めのように速度が遅くなり、2台のハープが飾りを添えて結ぶ。
第5楽章 終曲。スケルツォのテンポで 荒々しく進行して。 8分の3拍子。この大規模な終楽章は前楽章から中断することなしに始まり、長い導入部によって準備される。第1主題はフルート、オーボエ、クラリネットの吹奏する明快な旋律で、弦が対位的に伴奏する。これはその後も管弦に顔を出すが、あまり自己を顕示しない。「力強く」と記されたところから第2主題がffで現れる。この主題の要素は管弦各部においてしばしば変化されて現れる。管弦楽は次第に活発になるが、やがて第3主題とおぼしい休止符のアクセントのついた音型がffで現れる。第4主題は第1ヴァイオリンに現れ、第2ヴァイオリンはこれに平行する気持ちの良いものである。「非常にゆっくりと、そして伸ばされて」と指定のあるところに達すると、トランペットとホルンの輝かしい楽節になる。ティンパニがトレモロを奏し、フルートが細かく刻んだ音でこれを飾る。「ゆっくりと神秘的に」と記されたところから合唱が始まる。ソプラノ独唱と混声合唱が無伴奏PPPで「蘇る、そうだ、汝は蘇るだろう、わがチリの如きもの、しばしの憩いの後には!不死の生命、そは汝を呼んだ者が汝に与えるであろう。」と歌う。この詞はクロプシュトックの「復活」の詩から取られたもの。音楽も実に崇高なものである。11小節からは弱音された弦の伴奏が付き、伴奏の末尾にホルン音が接続する。しばらく楽器だけで総奏で進むうち、ヴァイオリンの第5主題が浮かび上がる。やがてまたソプラノ独唱と合唱になり、「再び花咲くために、汝は種蒔かれるであろう。収穫の主がきたり、そして穀物の束を集め、我等、死せる者をとり集める。」と歌う。その後もアルト独唱、合唱、ソプラノ・アルトの二重唱と進み、人声と楽音のすべてが協力して、真に渾然一体をなし、崇高さと神秘さを極める。結尾は総奏の保持された強いで終わる。
お薦めCD Mr.モニャの独断と偏見で選びました。
- エリアフ・インバル/フランクフルト放送交響楽団 1985年 DENON
- オットー・クレンペラー/フィルハーモニア管弦楽団 1963年 EMI
- ロリン・マゼール/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1983年 CBS
ソリスト、合唱団は、ディスコグラフィーをご覧下さい。
ディスコグラフィ Mr.モニャが、97年3月現在 持っているCDリストです。
| 指揮者 | 演 奏 者 | 録音年 | レーベル |
| アントニ・ビット | ポーランド国立放送交響楽団 ハンナ・リソフスカ(S) ヤドヴィガ・ラペー(A) クラクフ放送合唱団 | 1993 | NAXOS |
| エフゲーニ・スヴェトラーノフ | ロシア国立交響楽団 N.Guerassimova(S) O.Alexandrova(A) Large Academic Choir Of The RTV OF RUSSIA | 1996 | harmonia |
| エリアフ・インバル | フランクフルト放送交響楽団 ヘレン・ドナート(S) ドリス・ゾッフェル(A) ハンブルク、北ドイツ放送合唱団 デイル・ワーランド・シンガーズ | 1985 | DENON |
| 小澤 征爾 | ボストン交響楽団 キリテ・カナワ(S) マリリン・ホーン(A) タングルウッド祝祭合唱団 | 1986 | PHILIPS |
| オットー・クレンペラー | アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 J.Vincent(S) K.Ferrier(A) アムステルダムTKCHO | 1951 | DECCA |
| オットー・クレンペラー | フィルハーモニア管弦楽団 エリーザベト・シュワルツコップ(S) ヒルデ・レッスル・マインダン(A) フィルハーモニア合唱団 | 1963 | EMI |
| オットー・クレンペラー | バイエルン放送交響楽団 ヘザー・ハーパー(S) ジャネット・ベーカー(A) バイエルン放送合唱団 | 1965 | ARKADIA |
| オットー・クレンペラー | ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 Anne Finley(S) Alfreda Hodgson(A) ニュー・フィルハーモニア合唱団 | 1971 | ARKADIA |
| ガリー・ベルティーニ | ケルン放送交響楽団 クリスティーナ・ラーキ(S) フローレンス・クイヴァー(A) ケルン放送合唱団 南ドイツ放送合唱団 | 1991 | EMI |
| クラウス・テンシュテット | ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 エディット・マティス(S) ドリス・ゾッフェル(A) ロンドン・フィルハーモニー合唱団 | 1981 | EMI |
| クラウディオ・アバド | シカゴ交響楽団 キャロル・ネブレット(S) マリリン・ホーン(A) シカゴ・シンフォニー合唱団 | 1976 | DG |
| サイモン・ラトル | バーミンガム市交響楽団 アーリン・オージェ(S) ジャネット・ベーカー(A) CBSO合唱団 | 1984 | EMI |
| ジョン・バルビローリ | シュトゥトガルト放送交響楽団 ヘレン・ドナート(S) ブライト・フィニラ(A) STTATL H.M 合唱団 | 1970 | ORIGINALS |
| ズービン・メータ | ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 イレアナ・コトルバス(S) クリスタル・ルードヴィヒ(A) ウィーン国立歌劇場合唱団 | 1975 | LONDON |
| ズービン・メータ | イスラエル・・フィルハーモニー管弦楽団 シルヴィア・グリンバーグ(S) フローレンス・クイヴァー(A) リナット・ナショナル合唱団 テル・アヴィブ・フィルハーモニー合唱団 | 1988 | arriere |
| ヴァーツラフ・ノイマン | チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 ガブリエラ・ベニチャコヴァー(S) エヴァ・ランドヴァー(A) チェコ・フィルハーモニー合唱団 | 1980 | SUPRAPHON |
| ブルーノ・ワルター | ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団 エミリア・クンダリ(S) モーリン・フォレスター(A) ウェストミンスター合唱団 | 1958 | CBS |
| ヘルベルト・ブロムシュテット | サンフランシスコ交響楽団 Ruth Ziesak(S) Charlotte Hellekant(A) サンフランシスコ・シンフォニー合唱団 | 1994 | LONDON |
| ミラン・ホルヴァート | リューブリアナ放送交響楽団 Olga Graceli(S) Ute Priew(A) リューブリアナ放送合唱団 | ? | ZYX |
| ラファエル・クーベリック | バイエルン放送交響楽団 エディト・マティス(S) ノーマ・プロクター(A) バイエルン放送合唱団 | 1969 | DG |
| レオポルド・ストコフスキー | ロンドン交響楽団 マーガレット・プライス(S) ブリギッテ・ファスベンダー(A) ロンドン・シンフォニー合唱団 | 1974 | RCA |
| レナード・バーンスタイン | ロンドン交響楽団 S.アームストロング(S) J.ベーカー エディンバラ・フェスティバル合唱団 | 1974 | SONY |
| ロリン・マゼール | ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 エヴァ・マルトン(S) ジェシー・ノーマン(A) ウィーン国立歌劇場合唱団 | 1983 | CBS |
他に、良いCDがありましたら情報を お待ちしております。
e-mail m-mori@catnet.ne.jp