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2005年6月13日 最近考えていること。

机の上
 最近の机の上

 6月も、もう半ばだ。確かに時間が過ぎて行く。70歳を過ぎて、自分の生きてきたところを詩に書いてみようと思ったが、「自分の生涯」と思った途端に言葉が止まってしまった。昭和10年5月19日、と生まれた日にちを書くといっても、昭和天皇の御代なのか、と思うと、この日付自体に違和感を持ってしまう。この違和感は何なのか。現在の社会体制を肯定できない気持ちがある。それを抜きにして、しゃあしゃあと生きてきましたなんて言えない気がする。でも、重くなるのは、ゴメンだ。1935年、歴史とは関係なく、下町の炭屋の四男に生まれた子なのに、一番古い記憶は乳母車に乗せられて当時の女中さんに連れ行かれた提灯行列だったように思う。大人たちが夜の街で騒いでいて、それが記憶に刻まれた。日中戦争の戦勝祝いだったのか。余り調べる気はないが、子ども頃は旧家の大きな家の中で戦時下だった。軍人になりたいと思わなかった。偉い人、威張る人が嫌いだった。でも、先日も、学生と話していて、戦災に遭って焼夷弾が落ちてくる中を逃げたとか、疎開先の埼玉で米軍の艦載機の機銃掃射に遭ったとか、そういうことは、つい口をついで出てきてしまうが、それをわたしの書く言葉にしても仕方がない気がする。「日経」に連載されている著名人がそれぞれの生涯を書いているのを読むと、皆さんは、科学技術の発展に貢献したとか、政府の政策に加わったとか、様々な実績を残したと、実に社会的に立派なことをしている。その「立派」に比べてみれば、わたしが生きてきたところは、詩集を何冊か出したとか、詩や映画について文章を書いたとか、詩を書きたい人や映像表現をしたい人の相談に乗ったとか、まあ「自分に即したこと」だけで、わたしがしたことが人間の歴史に決定的な影響を残したなんてことは全くないわけで、そいういうわたしについて、わたし自身が書くものなどどうでもいいという気がする。そこが肝心なところですね。実際は、現在わたしが生きているということはとても大切ですが、わたしが生きて来たところは、わたし自身を含めて誰にとっても、どうでもいいことなんですね。ですから、わたしが生きてきたところを書くというのは、そのどうでもいいことの上に、「ことば」を立たせなきゃいけない。結構、厄介なことになったなあ、という思いです。

 現在、考えていることは二つあって、1つは、「劇団小指値」の連中がやっていることはどういう意味かということ。5月の土曜日の夜は毎週、中野の「studio SAI」に通って、「劇団小指値」の「My name is I love you」という芝居を4回見た。「劇団小指値」はこの春多摩美の映像演劇学科を卒業した連中が作っていて、卒制の「顔よ、勃ったら1m」が旗揚げ公演で、今回が第2回目の公演になる。「My name is I love you」は、セックスということを売春と愛情という点で話にして展開するが、一人の男が役者全員のセリフを語り、役者はそのセリフに合わせた演技をするが、その演技が言葉から解放された動きになっていくのが面白かった。シンボルとなった身体と言葉が作り出す意味空間とは何かということ。
 もう1つは、「表現は波動だ」ということ。これは多摩美の4年生の授業で毎週話している。表現は、表現者から受け手に伝わるの「一種の波動」だということのストーリー。波動が伝わるためには「媒質」が要るが、表現の波動は「心」を媒質にして縦波で伝わる。そこで、「心の問題」を考えるようになって、茂木健一郎さんの「脳とクオリア」という本に出会った。わたしたちの心が感じる質感を「クオリア」というらしいが、それは脳のニューロンの同時的発火のクラスターのパターンだという。クオリアはシンボルでは表現できないが、言語などのシンボルはシンボルで、そのクオリアを持っているというから、その辺りから「波動のストーリー」を考えてみたい。

 ブレヒトの芝居について、行為という風な文体で書くことができたので、考えを書くということに面白味を見つけられるように思えてきたところです。それにしても、BlogというのはHPとは違いがある。毎日書いてあるということが読む人に一種安心感を与えるらしい。言葉の在処ということの意味合いがそこに出現しているようだ。「テクノラティ」で「鈴木志郎康」を検索すると、今夜は9件出て来て、わたしのことを話題にしていた。





  















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