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わたしのと〜ちゃんは絵が上手かったようだ。卒業アルバムに、古くちゃい
タッチの「クラスメイツの似顔絵」なんかが描いてあるのを見せられた限りでは。
細かいお細工ごとも好きで、頼まれもしないのに、家で会社の「トイレ・使用中」
みたいなプレートをよく作ってた。新しもん好きで、画材や文房具はいっぱい
くれたけど、いっしょにお絵描きしてくれたのはままの方だった。
今となってはなに描いてたんだかまったく覚えてないが、幼稚園にあがる頃には、
「おしめさま」のエキスパートとして、おともだちのノートに毎日絵を描いて
さしあげていたキオクはある。おともだちの描いた「おしめさま」の、腕の
デッサンが狂ってるのを、プロとして許せなかったキオクもある。すっげえな。
今より絵 上手かったんじゃないかちら。
ノートにコマを割って、鉛筆で「おはなしのあるまんが」を描きはじめたのは、
小学校の3〜4年生の頃だったと思う。最初は、自分の出てくるギャグまんがだった。
現在の「おさんぽ大王」などの芸風に近い。その後、毎月読んでた「りぼん」の
おとめちっくラブコメ路線のあおりをくらい、以下都合により略。封印。
特に将来まんが家になりたいとは考えておらず、なんとな〜く喫茶店をやりたいと
思ってた。コーヒーがとても好きだったので。コドモのくせに。
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高校に入って、同じクラスになったムスメで、やっぱりまんがの好きな奴がいた。
彼女には、やっぱりまんがな大学生のおねえさんがいたので、オトナっぽい事情にも
詳しかった。オトナでまんがの好きな人は、同人誌というものを作るものだという
(80年代初頭はそうだった)。誘われて、おねえさんのクラスメイツ2人と、コドモ
2人の計5人でサークルを作ることになった。名前は「ブラン・バル」。ヒンドゥー
語で、「満月」の意味。おねえさんがつけた。やっぱしオトナだなと思った。
コミケに出るというので、初めてペンを使って「告知」という作品を描いた
(『電気ブラン』収録。のちにリサイズのため描き直した)。ペンが上手く使えず、
よぢよぢした妙な線になってしまったが、意外と味わい深く思えたので、それを
マイタッチと強引に決める(この頃のは、現在のー・ー・のタッチとは違う。
工作用のナミナミしたモールのような、〜〜〜こんなかんじの線。『電気ブラン』
収録の、『スウィング』という作品にちょっと残ってる)。
その後、「ブラン・バル」をもう1号、イラスト集「ブラン・ブーラット」
(新月の意)を出す。
また、2年生の時、お茶の水美術学院の夏期講習(油彩科)で、木村千歌と知り合う。
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大学に入ってすぐくらいの頃、コミケで「ブラン・バル」をぼ〜っと売ってた
ところ、「ペン・タッチ」というサークルからお誘いを受ける。面子が多く、作品も
ギャグにシリアスにSFにえっちにファンタジーにと、バラエティー豊かでおもしろ
かったので、そっちの子になることにする。ちなみに面子には、御茶漬海苔氏、
高屋良樹氏、西村まさのり氏、みやもと留美氏などがいた。思えばゴーカな青春。
「ペン・タッチ」で何回か、また、ペン・タッチ別冊「風来草(ふうらいそう)」、
個人誌「水族館」などに作品を描く。
面子の中に、マガジンハウスのデザイナーさんがいたので、紹介してもらって
「平凡パンチ」でちょこちょこイラストを描き始める。
木村千歌は、「ぷりん定食」というサークルをきりもりしていたが、「中島みゆきの
歌をモチーフに作品を描き、『みゆきぷりん』という本を出そう」と言いだしたので、
わたしも「月の赤ん坊」という歌で作品を描く(『子午線を歩く人』収録『〜MOONY
〜月の赤ん坊』。たしかここらへんで、木村千歌の知り合いだった、朝日ソノラマの
編集さんに、セットで青田買いされる。デビューはデュオ別冊「すとろベリィ」と
いう雑誌に、2人並んで。わたしは「わたくしどものナイーヴ」というまんがでござい
ました未収録。封印。あ、その原稿渡した後に、「本誌のページが足りないんで
2ページ描いて」と注文を受けて、そっちの方が先に発売されちゃったんだった。
「タコよ!」未収録。封印。キムチカも律儀に2ページ描いてたなあ、並んで。
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デビューした朝日ソノラマからの紹介で、「朝日中学生ウィークリー」に初の週刊連載、
「まりりんリボン」を始める。また、マガジンハウスでの名もなきイラスト描きも平行
して続ける。学校の帰りに寄り、画材を持ち込んで現地で描きあげて、夜タクシー券を
出してもらって帰る生活が結構嬉しかった。
「少年少女SF大全集」という雑誌が好きだったので、東京三世社に初の持ち込み。
初単行本「電気ブラン」を出してもらう。
3年の時、教育実習に行く。3週間、高校生に美術を教え、おのれが教師に全く
向いていないことを知る。それまで考えていた、「先生しながらまんが描いてこーか
なー」というプランの変更を余技なくされる。
4年になり、ぼちぼち卒業制作にもとりかかる。F100号、路地裏に魚が飛び交い、
それを女の子が覗いてる絵。
相変わらずまんが、イラストを描きながら、なんとなくバイトも始めてしまう。
マガジンハウス近くのデザイン事務所。ここで、雑誌のレイアウトや写植貼りなどの、
基礎から基礎までを教わる。
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手芸書を専門に出している出版社に入社。毎日毎日ししゅうの図案のトレースに
明け暮れる。出版物柄か、ほとんどが女性の編集部で、お昼休みには大きいテーブルで
みんなでおべんとを広げたりして、女子高のようで楽しかった。
が、昼会社へ行って夜まんが描いてたら、なんかとても眠くなったので、半年で退社。
睡眠は思う存分とれるようになったが、今度は生活が一気にのしかかってきたため、
いっしょうけんめいあちこちでまんがを描き始める。
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ブレイクする〜、は、しかしながら遠い。なぜじゃろう。
章タイトルは、「QUEEN」の曲名を使用させていただきました。
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