
詩の電子図書室 別館4
解題:八木忠栄『にぎやかな街へ』――Eテキスト化によせて
一番最初に買った詩の雑誌は1974年の「現代詩手帖」の11月号だった。今の同誌から見ると薄い作りで、藤井貞和さんのいたずらっぽいエッセーなんかが載っていたと思う。その11月号はもう手元にないけれど、12月の年鑑号は今でも持っている。私はちょうど19歳になろうとしていた予備校生で、岡田隆彦さん、清水哲男さん、鈴木志郎康さん、高橋睦郎さん、吉増剛造さんの5氏(何かあまり今と変わらない構図だなあ――注・この文章を書いた翌月の97年2月に岡田隆彦さんは亡くなった。合掌)による巻頭座談会や作品のアンソロジーを、受験勉強をそっちのけにして、作品によっては書き写したりしながら読んだ。その「現代詩手帖」の編集長が八木忠栄さん(1941─ )だった。
現代詩文庫版の詩集の略年譜によると、八木さんは1965年から81年まで思潮社で「現代詩手帖」や詩書の編集に従事された。その後は西武百貨店に在籍して、映画や舞台、イベントなどの企画・制作者として現在もなお活躍されている。こういう詩集の内容と関係ないことを言いたくなってしまうのは、八木さんの存在が日本の現代詩の世界に与えた影響の大きさ、さらにはたとえばダンスの勅使川原三郎さんのような才能を世に届けてきた貢献を知ってほしいからと同時に、そういう人について書くことの怖さを読者のみなさんにも感じてほしいから。本題に入りましょう。
『にぎやかな街へ』(1972・私家版)は『きんにくの唄』(1962・思潮社)、『目覚めの島』(1964・グループぎやあ)に続く八木さんの第三詩集である。私は八木さんの詩人としての活動を、思潮社を去り、『八木忠栄詩集 1960〜1982』(1982・書肆山田)を出すまでの「日本のビート」期(諏訪優さん、中上哲夫さん、泉谷明さんなどと一緒に、そう呼ばれていたと記憶する)、詩の編集という仕事を去って、同人誌「四」「壱拾壱」などに積極的に参加してのびのびと活動された80年代、そして80年代終わりから現在にいたる、散文詩や「俳句に会う」連作などを中心とする「あかるい挽歌」期の三期に大ざっぱに分けて考えているのだが、『にぎやかな街へ』は、その「日本のビート」期の1冊であり、60年代後半からの作品を収めたものである。「日本のビート」とはアレン・ギンズバーグやジャック・ケルアックら、アメリカのビート・ジェネレーションの詩人・作家たちに共鳴し、言葉を時代や社会に向けて速射砲のように繰り出す(と言っても、この場合、今のロックのような16ビートではなく、ジャズの4ビートを想像してほしい)作品を書いていたということである。
アレン、
ぼくはとても泣き虫になっちまいそうだ
舌をとがらせて
ぼくは恐ろしく美しい政治的な詩を書きとばしたい
政治やすべすべした股について いつまでもしゃべりつづけたい
これから通りぬけて行く街の少年や少女たちについてしゃべりまくりたい
何が饒舌だ!
(「美しい兇状──アレン・ギンズバーグののどぶえに」)
いたずらに陽気なステップを踏むな
抒情的な季節の涯てはすばやくやってくる
快い風などに出会えるものか
風はいつだって
にぎやかな街を街行く人を人の言葉を秘かに固く凍らせ
ふくれあがって 轟々と吹き荒れている
風が疾り
書物が疾る
つややかな季節のへりが腐りはじめる
(「風疾る書物の季節」)
いずれも長い作品のほんの一部だが、その長さに自分を託して、またジャズのアドリブにも似た言葉のアドリブで、自分をこの世界に確実に存在させていくというのが、ビートの詩のひとつの特徴であり、その中でも言い切りのキップのよさは現在にいたるまでの八木さんの詩の特徴である。世の中が今ほど、言葉漬け、表現漬けになっていない60年代、70年代にこうした言葉をぶつけるように延々と長い詩を書くということは、書く人間にとっても読む人間にとっても手応えのあるものだったと、遠い記憶とともに私は想像する。今回のEテキスト版には鈴木志郎康さんによって、当時の雰囲気を伝えるための小写真集が付されているけれど、たとえば当時の新宿なんて、今とくらべると二階建ての紀伊国屋書店と日活を始めとするいくつかの映画館とレコード店、喫茶店、飲み屋くらいしか、若者の出入りする場所がなかったくらいで、渋谷なんかただの暗い街で、それだけに新しい本やレコードが出るなんてのは事件だった。年寄くさい話になってしまったけれど、そんなこともインターネットによる読者の方々に想像しながら読んでいただけるとありがたい。
さて、先ほど八木さんの作品史にそって、現在を「あかるい挽歌」期と書いた、そのことの意味を最後に少し補足しておきたい。60年代から詩人として詩の編集者として活躍されてきた八木さんは数多くの表現者とともに歩いてきた。そして、今、そうした人々が亡くなっていく。そのことの淋しさを、けして湿っぽくならずに愛情を込めて八木さんは書く。西脇順三郎さんを悼む「ジュンザブロさんを送る」(『12090-82-000104-0』1983・書肆山田)、死んだはずの寺山修司さんに出会って馬を喰いに行こうと誘われる「(馬を喰いに)」(『酔いどれ舟』1991・思潮社)などの佳編があるが、ここでは同人誌「DAINASHI」の2号(1996)に発表された、やはり死んだはずの井上光晴さんが旅に出るのを見送る詩「井上さんじゃないか……」の最後の一節を引いて、この冷や汗ものの解題の終わりに代えたい(散文詩の行変えは原文ママ)。
戸惑っている私を尻目に、ぶっきらぼうに「じゃあ、また会いま
しょう!」とサッと手をあげ、眼鏡の奥の目をキラリと光らせ、足
早に波止場のほうへ歩きだした。後姿を見送りながら、私は思わず
合掌していた。犬も一声ヴァンと吠え、さかんに尻尾を振る。そう
して、私たちはいつまでも見送っていた。「また、お会いしましょ
う!」と、私も小さく声に出す。井上さんは一度も振りかえらず、
やがて港の夕闇にまぎれこんで行った。
付記・現在、書店で手に入れられると思える、八木忠栄さんの主な著書を以下に紹介します。
詩集
『12090-82-000104-0』(1983・書肆山田)
『酔いどれ舟』(1991・思潮社)
『現代詩文庫 138 八木忠栄詩集』(1996・思潮社、『きんにくの唄』から『酔いどれ舟』にいたる全詩集からの各抄録、エッセーほか)
『こがらしの胴』(1997・書肆山田)
エッセイ集
『詩人漂流ノート』(1986・書肆山田)
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