
詩の電子図書室 別館3
辻征夫さんへの手紙――辻征夫『ボートを漕ぐおばさんの肖像』Eテキスト版・解題に代えて
辻征夫さん、はじめて手紙らしい手紙を書きます。「らしい」と言うのは、この4年くらいでしょうか、同人誌や詩集に簡単なメモ書きをそえて勝手に送らせていただいているからです。辻さんとはまったく面識がないというわけではなく、出版記念パーティなどで4、5回同席させていただいて、そのたびに自己紹介するのですが覚えていただけず(辻さんがいつも酔ってごきげんということもあり)、最近ではもう根負けしてしまって、ああ、自分はやっぱり辻さんのただの読者ということでいいんだと納得して勝手にほっとしたりしています。
今回、こうしたお手紙をさしあげるのは、他でもない鈴木志郎康さんのホームページ上の詩の電子図書室に辻さんの詩集『ボートを漕ぐおばさんの肖像』がアップされたことに連動して、勝手連司書としてこの詩集について何らかの文章を書こうとしているからです。前もって、辻さん、書きますよ、と電話か手紙で言おうにも、また自己紹介から始めるのかと思うとおっくうになって、いつの日か、親しい御友人の方か誰かから、こんなの出ていたよ、と辻さんにこの文章のプリントアウトが手渡される(すみません、プリンターも持ってないので)のを夢見て勝手に書いてみます。
辻さんは1939年生まれということですので、この詩集の作品が書かれた1991年から92年という時期にはすでに50代に入られていると同時に、最初の詩集『学校の思い出』(1962・思潮社)からは30年がたっています。その『学校の思い出』、そして第二詩集『いまは吟遊詩人』(1970・思潮社)にも収められた二十歳のときの作品「沈黙」は次の一節で終わっています。
ぼくは友だちに言う
すばらしいことはみんな夢の中で起った
ぼくらはそれを思い出せないで暮している
一篇の詩
ぼくらの苦しみでは創り出せない詩
それを思い出そうとしてぼくは歩いている
ぼくの 沈黙を許したまえ と
この詩を境に、辻さんは詩がまったく書けなくなったと『いまは吟遊詩人』の「おぼえがき」で書いています。そして、1964年に「タバコ」「小さな目 あるいはゴリラ」という詩を書くことによって再び詩を書きはじめたとも。その「タバコ」の後半も引いておきます。
卑俗と
かぎりなく
純なものと
となりあい
まざりあって
ふきあげる高貴な現実
それが
ぼくのうたでありたい
ぼくの詩でありたい
なぞと考えていた
月夜で
町にひとどおりも絶え
すでに詩の領土の方へ
歩みはじめているのだ
こんな例を引いたのは、現在、ノンシャランとした名人芸詩人であるかのように受け止められている辻さんの沈黙について確認したいからでした。以上は現代詩文庫版の詩集から知りえたことですが、辻さんは最近の講演(「るしおる」26号所収・1995・書肆山田)で、その現代詩文庫版の詩集に収められた作品を書いた後、1970年代の終わり頃から80年代半ばまでやはり苦しまれたということを語られています。その結果『かぜのひきかた』『天使・蝶・白い雲などいくつかの瞑想』という、現在までの辻さんのパブリック・イメージをかたちづくった詩集が生まれたわけですよね。
辻さんの、一見よどみない作品史のなかの沈黙の歴史を『ボートを漕ぐおばさんの肖像』を読むときに押さえておきたいと思うのです。ある実用百科事典の扉の詩として、新年および四季の詩として求められた作品、そこに突然現われた「ボートを漕ぐ不思議なおばさん」、お正月の誰も友達のいない道で呆然としている少年のところへ「はやくあのこのうちへ行かなくちゃと/息をはずませて漕いでいる」おばさん(「ボートを漕ぐ不思議なおばさん」)、それは「沈黙」の苦しさに出会う前の辻青年、さらに少年としての辻さんがいたという幸福を思い出させる事件だったのではないでしょうか。実際、このときに書かれ詩集に収められた冒頭の5篇の詩はそうした至福に満ちています。
冬は風と夢の季節で
もうすこしひとりで辛抱しなさいと
ぼくの脳細胞で呟き続ける不思議なおばさんも
スコットランドあたりで靴下を編んでいる
おばさんの小さな窓を
灰色の小鳥が嘴でつつくと
そうかいあのこは梢を見あげていたかいと
おばさんは頷いて微笑みをうかべる (「冬は風と夢の季節で」)
そしてここまでが至福の、一人の詩人がたとえば他の詩人の作品とまじわるというようなやり方でなく、自分だけの想像力で、自分の想像力が生み出した存在と自己内対話のようにたどっていける限界なのかなという気もします。辻さんの詩風を見て、詩をなめて、軽い気持ちで書いてしまう亜流の人々にはたどれない、沈黙のきびしさが一瞬かいま見せてくれた甘美な詩の中の出会い、それについての経過は辻さん自身がすでに「おばさんとぼくと私――或はおばさんの出現と消滅」というあとがきでくわしくふれられているわけですが、その甘美さを自分で粉砕した巻末の詩も、じつに辻さんらしかった。前半を引用します。
唇には歌でもいいが
こころには そうだな
爆弾の一個くらいはもっていたいな
(ばくだんって
あのばくだん?)
おばさんが首を傾げて質問する
そうですよ ほかにどんなばくだんがあるのですか
こころに
爆弾があって
信管が奥歯のあいだにあって
それをしみじみと噛みしめると
BANG!
ぼくがいなくなってしまうんだ
(いいわね そのときはわたしも
吹きとんでしまうんでしょ?
遠い花火のように) (「遠い花火」)
生意気なことを書き連ねてしまいました。辻さんがあとがきで書かれている「ユキオは何が楽しくていつもそんなにニコニコしているのだろう!」と先生に言われたという少年時代に嫉妬しているのかもしれません。これからも、沈黙の中から発酵してくる詩のためにがんばってください。あ、それと、いつか、私の名前も覚えていただきたいものだなどと……。
お断り・辻さんの「辻」の字の「しんにょう」は点二つのものが文字盤にありませんでしたので、点一つのもので代用させていただきました。また『ボートを漕ぐおばさんの肖像』は、辻さんと装画者である桑原伸之さんとの共著ですが、そのことの本としての意味についてはこの文章ではふれていません。
付記・2000年1月、辻さんは急逝されました。ご冥福をお祈りします。
現在、書店で手に入れられる、辻さんの主な著書を以下に紹介します。
詩集
『現代詩文庫 78 辻征夫詩集』(1982・思潮社、初期詩集『いまは吟遊詩人』『隅田川まで』『落日』各全編ほかに、エッセイなどを収録)
『天使・蝶・白い雲などいくつかの瞑想』(1987・書肆山田)
『かぜのひきかた』(1987・書肆山田)
『鴬――こどもとさむらいの16篇』(1990・書肆山田)
『ヴェルレーヌの余白に』(1990・思潮社)
『ボートを漕ぐおばさんの肖像』(1992・書肆山田、装画・桑原伸之)
『河口眺望』(1993・書肆山田)
『絵本摩天楼物語』(1995・書肆山田)
『辻征夫詩集成』(1996・書肆山田、第一詩集『学校の思い出』から『河口眺望』までの全詩集ほかを収録)
『俳諧辻詩集』(1996・思潮社)
『萌えいづる若葉に対峙して』(1998・思潮社)
『船出』(1999・童話屋)
『現代詩文庫 155 続辻征夫詩集』(1999・思潮社、『河口眺望』全編ほか、近作を収録)
『貨物船句集』(2001・書肆山田)
小説集
『ぼくたちの(俎板のような)拳銃』(1999・新潮社)
『ボートを漕ぐもう一人の婦人の肖像』(1999・書肆山田)
エッセイ集
『ロビンソン、この詩はなに?』(1988・書肆山田)
『簡単な混沌』(1991・思潮社)
『ゴーシュの肖像』(2002・書肆山田)
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