
詩の電子図書室 別館1
解題:清水哲男『スピーチ・バルーン』――Eテキスト化(96.12)に寄せて
鈴木志郎康さんがホームページに「詩の電子図書室」を開設するために、プロバイダーとのホームページ用のメモリー増量契約を結ぶと同時に、図書室で取り上げたい詩人もしくはご遺族の方々に許諾のための連絡を取り始めたとメールで知らせていただいたのが、12月15日くらいだったか。何の見通しもないまま、いきなりメモリーを増量してしまうというパワーに気圧されながら、Eテキストの仕事は、出版社とか大学とか、あるいは詩人の名を冠した文学賞などを運営している自治体なり団体がまずやるべき仕事じゃないんですか、などと歯切れの悪い返事を出した直後、もう詩の図書室はスタートしてしまい、この文章を書き始めた今(12月21日)、『スピーチ・バルーン』のEテキストは全文アップしてしまった。その行動力に敬意を表するとともに、この際、解題をつけてはという提案に対し、自分でやれとけしかけてくれた志郎康さんの言葉に答えるべく頑張りたいと思います。
*
『スピーチ・バルーン』は1975年10月に思潮社から出版された、清水哲男さん(1938年2月15日生まれ)の『喝采』(1963・文童社)、『水の上衣』(1970・赤ポスト)、『水甕座の水』(1974・紫陽社)に続く第4詩集である(1974年には深夜叢書社から、『喝采』と『水の上衣』の合本も刊行されている)。すでに前詩集に収められていた「チャーリー・ブラウン」「ブロンディ」「ミッキー・マウス」の3編に17編を加えた20編が収録されている。各編のタイトルは漫画のタイトルから取られたものであり、刊行詩集にはEテキスト版と同様に、各タイトルの漫画が図版として収録された。ちなみに「スピーチ・バルーン」とは漫画の吹き出しのこと。
レイ・ブラッドベリの小説『たんぽぽのお酒』(北山克彦訳・1971・晶文社)から詩人が引いたエピグラフが簡潔に言い表しているように、「成長すること、歳をとること、死ぬこと」の意味を、自分の人生に即して、愛着のある漫画のタイトルを借りながら語るというかたちになっている。さわやかさと苦さを同時に手渡していくスピード感のある文体(作品「就眠試論」の言葉を借りれば「小さな落雷にふるえている」ような)はもちろん、私事語りに落ちることを自分に禁じているのだが、それでもなお、言葉が散乱してしまうかの隙をついてあらわれる断言的な詩句に、戦前から60年代までをくぐり抜けてきた詩人の個人史とメッセージを感じ取るのは、そう難しいことではないはずだ。
作品に即して見てみよう。
はるあさきひの
ひだまりの
にっこうしゃしんの
そのやみの
朱き姫の
ししむらの
ひとつかみ……
水の鏡に燃えている毛
まだ鳴き声の消え残る
去年の空蝉入りの枕を抱いて
姫よ!
狂ってみせるしか
明日はないか
ああ、淋しいひとほどよく笑う
たとえば夕暮の銀座で
イチゴのお土産を買ってかえるひとにしても
「あんみつ姫」の前半3連。まるで百人一首でも始まるかののどかな一連の滑り出しに「ししむらの/ひとつかみ……」という2行で黒い影が落とされたあと、2連目の「空蝉入りの枕を抱いて」「狂ってしまうしか/明日はないか」という精神のたかぶりが導入され、そしてそのたかぶりは3連目の「ああ、淋しいひとほどよく笑う」という、ふっと息をつぐ1行によって、「銀座」で「イチゴのお土産」を買う人という日常の光景に解放される。後半の3連も同じパターンで「姫よ!/死んでみせるしか/明日もないか」というはげしい3行が、「連続放送劇のつづきを気にしながら/不意に落命する幼児」という生活の中の(育児の、と言っていいかもしれない)不安やおそれによってしずめられている。
初出誌一覧の前後関係から「あんみつ姫」は1974年の発表と推測できるが、74年とは、72年の連合赤軍のあさま山荘事件および同グループのリンチ事件の発覚、73年のベトナム戦争終結、活動家の内ゲバの激化などを受けて、学生運動に代表されるような理想主義や人々のそうした運動へのシンパシーが一挙に失望を深め、冷えていき、学生の自治権などを制約する法律もすんなり通ってしまう時期であった。そうした時期にすでに生活者として自立していた清水哲男さんは、心の持っていきどころを失っていく時代への憤りを表現しつつ、同時にその私憤に酔うことを自分にいましめる表現を差し出した。
圧縮することによる発汗!
圧縮することによる発熱!
それらの手応えを欠いたところでの
力まかせの圧縮とは
すなわち
恣意的な袋小路に相手を追いつめて
「名を名告れッ」と叫ぶ少年剣士の
不安を投影するのと同じことだからね
注・「名を名告れッ」に「な」「なの」のルビあり
(「赤胴鈴之助」)
圧縮による発語だけでは
みかんの入っていないみかん箱の
投影図を描くことはぼくにはできない(同前)
それにしても『スピーチ・バルーン』に頻出する死の影は何だったのだろう。
僕らは軽く手をあげるだけで
死ぬまで別れられるのである(「ミッキー・マウス」)
夏草や娼婦の犬は影持たぬ。
マッカーサーも
チャーチルも
ニミッツも
みんな
死んでしまったからにはね。(「のらくろ」)
やはり死である。(「タンク・タンクロー」)
このときに
おそらく未来の過剰は
スペードのように
死を整列させているのだ
だからデニスは
老人の仕種で
切り札のベッドによじのぼり
少し寝汗をかく(「わんぱくデニス」)
人間が死ぬときは
雲が滝のはやさで落下してきて
野にかぶさり
人生の唄につながる部分を
すっぽり包み込んでしまうのだ
と
ぼくは思うように努める(「轟先生」)
この死の過剰を詩人の気質や体験に求めることはまったく不可能だとは言えない。詩集全体にちりばめられた、詩人の戦前戦後にわたる、家庭の仕事の関係のためか、地方を転々とした長い月日の体験から出てくる言葉の数々。しかし、それはそれとわかる程度にとどめられ、同時に固有名詞の体言の機能を駆使して、詩の歯切れをよくさせたり、流れすぎる詩をせきとめる役割も果たしている(「のらくろ」ほか)。
私としては、この死の過剰は、戦前戦後の漫画や野球を大切にしてきた少年期、学生運動の時代、そしてジャーナリズムの隆盛という、時代の変化に付き合ってきた早熟な感性のつぶやきであると見たい。すでに前3詩集にも、たとえば次にあげるような表現がきざまれている。
はじめて君が血を見た日の朝よりも
ぼくが待っているのは平凡な朝だ
なんでもない朝
目覚めたら見知らぬ部屋に転っていて
滝のような激しい落差でどんどん年がとれる
朝よ 来い!(「待たれている朝」『喝采』所収)
同志諸君! 生者の総体 すべからく
散るんだすみやかに
再度ストップモーションで会う時は
マットに沈むボクサーのように
頭から先に死者に続こう(「悲しきアジテーション」『水の上衣』所収)
生きていては遅すぎるのだ。(「就眠試論」『水甕座の水』所収)
最後に、この詩集の出版時にすでに詩を読み始めていた者としての印象を書きとめておきたい。前年に出版されH氏賞を受賞した『水甕座の水』と『スピーチ・バルーン』は、その作品の中にちりばめられた「暗さ」「苦さ」とは裏腹に、「軽い」詩、学生運動的な重い詩やフランス文学的な理屈っぽい詩とはちがった「カジュアルな」詩として受け止められ、人気を得たように記憶している。実際、この2詩集をきっかけに、詩人自身とは関係のないところで、「ライト・ヴァース」ブームの旗手のように扱われた場面もあった。詩人自身は、そうした現象に異をとなえるでもなく、独自の感覚を駆使しながら、現在にいたるまで活躍されているのだが。
出版後20余年を経て、初めて読む読者に『スピーチ・バルーン』はどう受け取られるのだろうか。ひょっとしたら、日本漫画史を資料として付けなければいけないのかもしれないが、それはインターネット上に気持ちのある人が登場して資料を呈示してくれるのを待つしかない。
付記・現在、書店で手に入れられる、清水哲男さんの主な著書を以下に紹介します。
詩集
『現代詩文庫 68 清水哲男詩集』(1976・思潮社、解題でふれた初期4詩集すべてと、俳句、エッセイなどを収録)
『夕陽に赤い帆』(1994・思潮社)
『現代詩文庫 148 続清水哲男詩集』(1997・思潮社、詩集『東京』全篇ほかの詩とエッセイなど)
『緑の小函』(1997・書肆山田)
句集
『匙洗う人』(1991・思潮社)
エッセイ集
『現代詩つれづれ草』(1993・新潮社)
『蒐集週々集』(1994・書肆山田)
『詩に踏まれた猫』(1998・出窓社)
[鈴木志郎康ホームページ 詩の電子図書室『スピーチ・バルーン』]
[f451詩の電子図書室別館入り口]
[f451ライブラリー一覧]
[f451テキスト・ファクトリー・トップ・ページ]