すみれ通信
○
1995.7-1998.5
前詩集『白日』以降、約三年間の作品から選んだ。
長年の友人が精神的にくずれさったことなどをきっかけに、
はげしい感情とそれが去ったあとの耐えがたい空白の繰り返しが長く続き、
言葉も硬い叫びをあげた−−
○
沈黙ノート
沈黙ノート
私が思い出せる言葉からはぐれていくために
私を思い出す言葉をさがしながらのぼりつめていくために
私が思い出してしまう言葉を天井のように持ちあげ
すでに私を思い出してしまった連続性をたち切る
時間を歴史から解放しようとするきみの労働と
歴史に自分の名前をつけようとしながら時間にはじき出されていくきみとのあいだで
手は手であったことを思い出せよ
時間が時間でしかなかった始まりにさわったときの
切り抜かれたかたちのなかで地下鉄の乗客のようなまなざしで
(私は卑怯だから)
すれちがいながら数字で意味を与えあうような日常
(なれてしまった)
切り抜かれたかたちのなかで形式が形式を生み出すことを
(私の語ることが)
木霊になってしまったこころのようにあかるい部屋のなかで認めあう日常
(沈黙であることに)
形式は沈黙を区切る
(形式に呼び出されたイメージが)
形式が何かを語るのではない
(誰もいない場所で立ちあがって形式を呼び出す)
形式が価値を生むのでもない
(だけだと言うなら)
形式に名前が書きこまれるのでもない
(せりあがる沈黙になって)
形式に区切られた沈黙を青空のように
(この世界にはりめぐらされた)
受けとめるとき私たちは一人ではなかった
(沈黙を横断せよ)
歌を焼く
こころを感じるために歌にうかべたことも
(私たちの言葉は
運河の夏にしずめてしまおう
(時代の傷として
傷をかかえてすこしおもくなったこころが
(うかびあがることが
傷をかかえてすこしおもくなっただけのこころが
(できるかどうか
傷をかかえたと思うだけのかいならされたこころが
(折れた枝の切り口になって
傷をかかえたことでやっと生きられるこころが
(思いつめることからも解放されて
大切なものを傷つけたこころが
(かがやけるかどうか
沈黙に変わってしまう悲しみが
(つながれたまなざしの
時代の行間にあふれ出すように
(葉を繁らせながら
こみあげない歌は合流するな
(いつまでならびつづけているんだ
時間の丘をきみをのぼりつめるように泣きたい
日付をすべり落ちる時間をきみを抱きしめるように泣きたい
3×2
手でさわれるほどの歌があるいていた時代を
(さわれない時代の歌を消して
私たちは同じひとつの歌を歌いながら
(うかびあがる傷をならべなおしてから
ドアを開けるように川に捨てた
(届かない涙にむかってとびおりていこう
何度もお互いに入れ替わるように出会いながら
(木陰からあなたを見つめているような感情を
せりあがるように歌をのぼりつめていった私たちが
(手に入れた物語のように読みかえしてから
振りかえる意味のように自分の名前に帰っていく時代の
(歌い終わった歌のようなあなたと出会う
繋がれあった名前を時間にうかべて
(遠い言葉のなかで何度も寝返りを打って
繋がれた沈黙のはりつめたまなざしになって泣け
(卑怯な沈黙から抜け出せなくなっていく
あなたという名前を行使するために
(言葉が言葉であることを行使して生き残っていく
この世界の沈黙をおしひろげようとするあなたと戦う
(言葉が言葉であることを行使するために私たちを見つける
はじまりの沈黙から声を切り出すように生まれて
(自動化した労働や表現の論理をささえる言葉に
沈黙をかがやかせてあなたの髪にかざる
(守られるだけだと言うなら死ね
遠い声
言葉と映像で欲望はどこまでもひろがり
(言葉や映像とあなたとの分裂を抱きしめ
欲求があいまいな線になってぶらさがる
(詩は泣きながら時代からすべり落ちろ
時間が作り出す時間のなかで
(あなたは分裂から生まれるように
詩はあなたの感情のための歌を歌うな
(システムが作り出すシステムをくぐり抜けろ
場所を見つけられない声が土地を持ち上げて場所を作る
(詩と名づけられているものたちよ
声を聞きとれない名前たちが場所をふみにじる
(遠い声で私たちを囲むな
声の力を感じとれる名前たちが場所を石でふさぐ
(生まれてくる声の熱さにとどまりぬこうとする
場所を必要とする声が土地を引き裂くように場所を作る
(感受性の道をふさぐな
傷つけられたものの声に背中をねじるように目を開きつづけろ
(なぜあなたが聞こえないふりをするのかわからない
調停者のような顔をして何度も走りよりながら引き裂かれていけ
(なぜ私がいないふりをするのか信じられない
傷のはじまりに向かって傷を解放しながら歌いつづけろ
(あなたは私の声を殺している
原型にむかって
道へ――原型のために
誰もいない窓をはこぶ時間につかれても
私の感受性を希望によって批判しながら
きみがあらわれるのを待っている
電話が切れるようにたおれていった友だちの数だけ
口数のへったこころが私に話しかけてくれるように
木の椅子のように目をとじてしまった私の間違いをさがしながら
もし私がいまつらくないなら
生まれなかった子どものような
つらい声になって閉じこめられている
私はもっとつかれた方がいい
けずり出すべきより鮮明な希望にむかって
私をこじ開けずに終わってはいけない
通信
そこにきみだけはいない歩き方で
何かを話しはじめるときみだけがいなくなってしまう話し方で
さびしいまなざしをくぐり抜けてしまった街を
恋人よ 私はどこへ行くんだ
(どこまでもうすいたましいになって
(沈黙する饒舌へとすべり落ちていく以外に
きみを思い出すために
何もしない以外に何ができる?
私はつかれ とざされ
言葉が滞在する束の間のような空間になって
模様のような話しかけてこないこころをながめて暮らしている
(ここにいるふりをやめるための方法をさがして
(何も思い出さずに歯をくいしばって
通信2
ふたりの沈黙をのぼりつめていく速度になって
大川ぞいの夏の道がとぎれるまで
焼きつけられるにまかせたこころに
私の言葉をかみくだく長い時間が始まっていた
言葉が思い出す私よりもかわくために
言葉が描き出す欲望にくずれかかりながら
言葉が思い出せない私を思い出しつづけるために
さがす骨のような言葉
私の言葉をかみくだく学習によって
何度でも裂けていく
私よりも晴れた言葉になって
背中から生まれる
さかのぼるのではなく
言葉にあらわされた感情をのぼりつめて
あたらしい情熱になってころげ落ちるために
さかのぼるのではなく
まだきみのいない時間にむかって
私には何ができるのか
自分だけのさびしさや嫉妬をすりつぶしながら
発火するのを待っている
まだいない晴れたきみを空にうかべ
晴れた怒りを呼び起こそうとする
私を起こし
私をここまで連れてきた
わすれられた言葉たちへの尊敬と友情を
ぬりこめてしまわないように
不安と恐れにみちた私の時間を見つめながら
言葉に呼び出された世界の向こうに何かを投げる
(原型にむかって変わっていくための習作・1)
サヴァイヴァル
誰もいない世界にむかって労働があふれていく
生きのびるために私は何度も自分を殺す
すべてを感じようとするこころが息をころして日付をくぐり抜け
きみを傷つける感情になって何度もふき出そうとする
誰もいなくなる世界を目がけて情報があふれていく街を
私を見つけてくれる本をさがして歩く
本の巻末をめくりながら電話をかけてでも追いかけていく
みっともない身体を言葉で切りひらくためではなく
言葉で切りつけつくした身体のむこうに
あたらしい身体をイメージするために
とてつもないやさしさにある日言葉を与えるために
(原型にむかって変わっていくための習作・2)
nineties
一人生きのびるために
すでに記録された方法を利用して連帯してはいけない
きみの次に行列する人との差を確保するためではなく
本当に心を許せた詩への尊敬を伝えていくために
私は七十年代を消そう
きみがきみを許すためだけに参照する喜びのコードを
核と死刑と安楽死ときみが
やさしいボタンになってならびながら
ネットワークに自分だけのページを書きこんでいる
きみたちだけが生きのびるために発語するなら
世界という本棚がたおれた野を
子どもたちが石を持ってあるきだすだろう
(原型にむかって変わっていくための習作・3)
時のテーブル
古くなった友達のように
きみはきみの必要以上に私を見ようとはしない
私たちという努力がもう一度始まらないなら
きみを見つめている私もいなくなるね
きみはきみと話すようにゆっくりと話しはじめればいいんだ
私を読みながらきみをさがしあてていけばいいんだ
そんなふうに見つめあう時間だけは
いつもテーブルのように残されているよ
変わらなくなることが成熟だとでも言うのかい
時には残酷なまでに変わっていくのが成長じゃないかな
ほかの人からは何ひとつ変わらなく見えたとしても
古くなった詩は急に思い出すときこそ美しい
随分あるいてきたな
時間は息をひそめはじめているのに景色がどんどん変わっていく
きみがどんどん知らないきみに変わっていく
速いぞ!
(原型にむかって変わっていくための習作・4)
シグナル
歌よ きみを呼び出そうとすると
より複雑に成長しようとする夜がやってきて
きみの肩ごしに私を見つめたりするんだ
はげしく点滅するシグナルにかこまれ
逃げ出そうとするつかれたこころたちよ
歌を夜に置きざりにして
どこに帰れるって言うんだい
恋人よ 火を起こそう
シグナルが私たちをはげしくくぐり抜ける夜の野に
かつて私たちをかけ抜けた歌をねむらせ
あたらしい歌のはじまりとして私たちが結ばれたことが
遠い旅に出た友達からも見えるように
(原型にむかって変わっていくための習作・5)
Yに
切り離された戦いに閉じこめられ
一日の終わりを待つだけだなんて嘘をつきそうになっても
きみや友達の助けでやわらかい時間に泳ぎつくことができた
あふれる情報をせきとめながら
システムをささえるためにおびえたようにふるえていく時間を焚き木にして
私たちは火の言葉を作って明日に投げつけよう
◯
ひかりの中できみは年をとる
きみのそばで私は目をつぶってすわっている
自分をまもるだけの戦いをこえていくために
きみといる時間をもらっている
(原型にむかって変わっていくための習作・6)
時間よ
時間よ きみの中に入ろうとしても
きみをとりもどして生きようという物語が
少年小説の函のように
きみの何も語らないまなざしのこちら側にたおれてくるね
クレヨンのような太い線で
新しい生き方をイメージするために
時間よ きみを見つめかえしながら
私を見つけてくれた物語をぬいでいくしかないね
すでに書かれてしまった欲望を打ち消しながら
そこに私さえいなくなる場所に
ひそやかな熱狂をしかけることができるだろうか
時間よ きみのまなざしのこちら側で
(原型にむかって変わっていくための習作・7)
システム
システムが私たちを分離する瞬間を
システムの力を行使してくぐり抜けようとする
私たちの欲望も怒りも
私たちをならべようとするシステムの意志に要請されているのだとすれば
恋人よ
私たちが心に書きつけようとする言葉も
じつはその意志と見分けがつかないのだから
きょうは春の日ざしを受けてわらっている
きみがいることをしずかに喜んでいよう
そして
システムの意志と見分けのつかなくなった私の希望について
花のように首をかしげて考えてみよう
(原型にむかって変わっていくための習作・8)
場所
ちいさな戦いでさえいくつもの悲鳴を聞いた
不安を飼いならした心がわすれていく言葉の少し手前で
かっこよさや気持ちよさをさがす身体がそれぞれの細い道に入りこんでいく
もしかしたら私たちが出会えたかもしれない嘆きの手前で
他人の感情に不寛容なだけの感情になって
自分だけのちいさな火に名前をつけて燃やしているのか
自分だけをまもるために世界を見つめているというなら
出会うためにメディアをひとつずつ消していけ
世界を感じとめながら変わっていく方法を
思い出すために詩はこわれてもいい
こわれやすいものを運ぶために
詩が思い出してきたものからはがれ落ちろ
(原型にむかって変わっていくための習作・9)
野
イメージが彼らへの欲望だけを要請しながらあふれているが
私たちを見つける欲望を私たちは本当にさがしているか
呼びだし開きあいながらのぼりつめていく道を
きみはおびえたように断ち切った
こじ開ける暴力というイメージに私を閉じこめて
記号としてつながれながら私たちがいなくなっていく野で
好きだった人々に言いのこしたことを思い出しながら手をふる
(原型にむかって変わっていくための習作・10)
別れ
旗手
きみをのぼりつめるように泣きたいだけだ
方法の成熟が私たちを遠ざけていくなら
私たちを見つけない歌のあふれる街を
方法の破れ目をさがしながら何度でも走り抜けよう
まだ誰も生まれていない夢のように会ったことのないきみを呼びつづけて
打たれながら持続する微笑み
雨にむかって急ぎながら
ゆっくりと成長していく花のようなきみと出会うために
こわれながらくずれながら何度でも言う
きみが好きだ
春の大通りで涙をこぼした友だちよ
きみはきみにとってきみであることを終わってしまった
だからまた始めればいい
きみがかつてのきみであったことを忘れて変わってしまっても
私が覚えているから
誰も立ちどまらない場所で
うなだれた旗のように
会ったことのないきみを待って立っている
目をつぶってひとつひとつの風を感じていると
まだ生まれていない歌のようにきみの影が頬を通りすぎるのがわかる
春の野の歌
日ざしが重さではかれるような
会えなくなったきみが見つめているのかと
ふりかえっても誰もいない
明日がたおれこんでくるようなつぶれ方の一歩手前で
私はまだここにいるよ
誰にも出会わない時間を生み出す言葉の
轟音に毎日吹きぬかれながら
逝くひとや去ったひとが私を思い出しているような風を見つめて
まだ生まれない希望の輪郭のように切り抜かれたまま
まぶしそうな顔でジュースを飲む娘(六歳)に
襲いかかってくる世界という暴力を
私も育てているだけなのか
くずれさるような目にとまらない変化をくりかえして私は待つ
石のようにふってくるものを受けとめ
何人かのひとと通れる道を確保しながら
いつか私自身が裂けて
きみを訪れる歌のようにうかびあがっていくのを
私であろうとする私を抜きさり
あたらしい季節になってあらわれるのを
薫風
誰もいない時間にむかって微笑みながら
私を知っている人に会いたい
私を覚えている道を歩いて泣きたい
終わってしまった方法できみを呼び出そうとしているのか
方法が呼び出すべききみがいなくなったのか
方法がきみに自分を映しながら呼び出そうとしているだけなのか
私の前に椅子があって
十年前のきみや二十年前のきみが
しろい腕をテーブルにのせてすわっている
時間のなかからあらわれたまなざしに微笑みながら
誰もいない坂道をのぼっていくと
時間につぶされそうな少年が歩いていくのが見える
風がきみの気配をはこんでくる
目をつぶってきみを感じていよう
私はまだ読みはじめたばかりだ
別れ
私を見つけた方法も終わっていくね
終わっていく方法のすき間をさぐりながら
私たちを見つけるようにあなたに話しかけるために
変わっていくしかないね
まだ読んだことのないかたちにむかって
小さなノートを買って
かたちになってしまった読むことと書くことの向こうに
かたちになってしまった言葉には見つけられない
あなたと私を見つけだすために
言葉をはがすための言葉を書きつけよう
小さな引っかき傷の希望として
私たちが感情に辿りつくことが
支配のかたちであるという疑い
何かを手放さなければ辿りつけないあなたへと
私はどこまでも薄くなって辿っていくよ
まだ誰もいないかもしれない場所をくぐり抜けるようにして
歌は私たちを歌い終わってしまった
歌から歌が奪われてしまった
私たちには歌がない
私たちのあいだには歌がない
だから歌わなくては
私はもうあやまらない
こわれやすい一日
心のこわれそうな日には
早く帰ろう
好きな人の住んでいる家へ
こわれやすいものばかりこわしてしまう
心がくずおれないように気をつけて歩く
さまざまな傷を吸いよせる
嘆きを少しずつしずませながら
ひとつひとつの傷に
青空のなかの位置をあたえながら
大切なことをいつか話すために
余計なことは話さないようにしよう
言葉が言葉を呼び出して
大切なことを閉じこめてしまうから
労働のかけらを手がさぐりあてるまで
自分をしずめていこう
心のこわれそうな日には
こわれやすいものをこわさないうちに
帰ろう
夏の終わりに
誰かを殺したい自分がせりあがってきたら
誰かを殺したことで死にたくなる自分がこみあげてきたら
いつかきみが好きな人と
坂の多い街を歩きまわることしかできなかった季節の日ざしに
まだ書かれていない言葉になって浮かべよ
すでに書きこまれた欲望の先に歌が行けない日
欲望を引きずり出した言葉たちがたおれている道を
武器を持った少年が自転車で走っていく
書きうるだけの暴力を書きつけた手紙をポケットに入れて
すわりこんだ少女たちが煙草を指にはさんで
携帯電話で現在地を教え合っている
きみたちのどんな希望が明日まで辿りつくかな
聞こえないきみたちの花のような歌を
疲れた買い物客のような街で
思い出しつづけるまなざしの努力!
殺さないための心の防御の向こうから
ある日私はあたらしい歌になって生まれる
すみれ通信
すみれ通信
1
きれいにしかなれないきみとすれ違うために
私たちがまだ一人一人でさえないことを確かめるために
何度でも戻っていくしかないね
きれいになることをうまく思い出せない私がきみとすれ違いながら
まだ始まらないものをかかえた世界のように
通りすぎつづけていく場所へ
傷つきながらも私をこじ開けなければ進まない時間の向こうへ
私たちが出会えたかもしれない悲しみの始まりに向かって
イメージに包まれてねむろうとする弱い私を
掘り抜いていく方法をさがす
きみだけの悲しみは私の言葉には見えないんだ
言葉が思い出す欲望やつらさをしずめて
もう少し晴れてきたらまた出かけよう
2
きれいなものしか作れなくなっていく私たちの方法も
私たちの言葉が作り出したものだ
ゆっくりとしか成長しないものを守るために急いでしまう
私たちの身ぶりが敵を強固にしていくのが見えるかな
いつか私を呼び出した歌が
記録されたかたちになって浮かんでいる
きれいでしかないものを作り出しそうな私の言葉を
私はここですりつぶしていよう
3
こわれながら生きているから
きみを殺したことを忘れているのかもしれない
生きられなかった時間を言葉に逃げ込ませているから
名前をはりつけられたビンのようにならんでしまう
声のないかたちから抜け出して何かを始められるかな
私であることからもくだけ落ちてしまう前に
まだ書くことのまずしさのなかにとどまって
考えているだけ
4
一度に何人もの私になろうとして
つぶされる私をとりかえす私であろうとして
ゆうべのことも思い出せないくらい
言葉のなかを駆けずりまわって
自分でも死にたくなるほど
かたちだけになってしまった気持ちをきみにぶつけたのは
言葉が呼び出した夢だったのかそれとも
目覚めぎわのささやきにうなされ
恐怖にとりつかれる場所に私が生まれる可能性がある
急ぐなよ
おだやかに微笑んで減速しろよ
まだ思い出すことのできる傷を掘り返せば
指をくわえて眠っている
ちゃんと始まったことのないお前を起こせるのだから
5
始まりも知らずに失われていく祈りのように
いつも手前で折れ曲がってしまう道の重なりを
空のしみのように浮かべながら
後退と修復をくり返す小さな場所で
言葉がなお沈んでいく暴力を育てると同時に
解体する力を放てるなら
始まりをここに掘り始めよう
力を行使しうることを確認するために
弱い人々へ向けられていくイメージとしての暴力から
生み出される欲望の物語に組み込まれても
一番気持ちのいい自分は
どんな日ざしのなかできみを見つめるか
何度も組み立て直して想像しながらね
6
きみを狂わせるものに届かないきみの怒りが
きみを狂わせる世界を動かす力に変換されて
言葉につまずかない言葉を駆使してきみは楽しそうだ
言葉につまずかない言葉が歌う悲しみよりきみはさびしそうだ
変えていくための言葉が見つからない
通りすぎるための言葉に乗ったきみがたおれていくのを
ガラス越しに見つめながらねむくなってしまう
ねむりながら落ちていけるかな
私たちがよごれはじめた場所へ
私たちがきれいになる前にもっとこわれるべきだった場所へ
7
ほろびようとするきみを見送って
はびころうとするきみをはびこるままにして
私たちが共有しなかった思い出を数えながら
遊ばない大人になるんだと歌いながら歩いてきた私も
始まりを見失った歌のようにくずれさっていくことにするよ
もう一度あたらしい共同性に向かってくぐり抜けるために
ばらばらに光ろうとする努力でしかない場所に打ちあげられて
きみを好きだったこともわすれてここにいるから
あとはきみがあらわれるしかない
光る歌 光る場所
光る歌 光る場所
ボクニハワカル
ボクノチカラガボクヲトキハナトウトシテイルノガ
ボクデアルコトヲヌギサッタカイブツニナッテ
ボクノミニクサヲブチマケナガラクズレテイクノガ
コドモノママシンデイクヒトビトガアフレテイル
マダウマレテサエイナイトイウイラダチヲ
ダレカノセイニスルタメノナカマヲサガシアッテ
アナタタチノナゲキニヨッテシカスクワレナイボクヲフミツブシテ
ボクニハワカル
キミノイタバショカラシカ
ボクノカンジョウガコミアゲテコナイノガ
キミノイナイバショデボクガトラワレテイル
アタラシイカンジョウニボクノコトバガマダトドカナイノガ
シンセンナサビシサヲツクリダスヒツヨウガアル
デアウタメニ
コワレナガラモウイチドウマレルタメニ
○
まだ歌われていない私の光る感情を抱いて
どこに運ばれていくのかわからない心よ
私をつきくずすようにこみあげるのなら
新しい悲しみを歌う雨になって
生きのびるためだけの言葉を打ちながら私に辿りつけよ
誰からも忘れられた遠い道を行く旅人のように
まだあらわされていない私の光る感情が
いつか私を呼び出した歌と私を訣別させる場所で
私が書きつづける言葉はあなたの言葉に変わることがない
あなたもまた遠い道を行く旅人でなければ
私の言葉はあなたの感情を支配しない
私の言葉はあなたの言葉を鎮圧しない
私の言葉はある日あなたと倒れたりしない
残されたまなざしになって
辿りつくあなたを見つめ返すだけ
○
はなればなれになった歌が照明弾のように飛びかう空から
それぞれの声に辿りつかない羽音のあふれる地上に落ちてくるもの
振り返るように答えを出そうとしても間に合わないんだ
振り返った場所から現在を見つめ返すのでなければ
答えられる問いが問いつくされた明るい場所に
いつも少しだけ足りない椅子がならんでいる
椅子のない場所からやってくる問いに耳をすませられるだろうか
問いに向かって歩いていけるか
自分がすわっていた椅子が見えなくなるまで
椅子が椅子でありつづけるために
答えをさがすことだけが問いである時間から
歌うために曲がって行きたい
誰もが同じ椅子に見えてしまう
すでに歌われた情熱が作り出したかたちをこえて
○
もうどんな歌も歌い出さないいくつもの傷が傷を呼びよせるかたちが続いた
はげしい悩み方から顔をあげて
恋人に手を引かれるような気持ちで角を曲がると
誰もいない野が広がっている
ここが終わりで始まりなんだな
誰もいない場所へと突き抜ける歩き方から踏み出して
私は新しい嘆きになろう
補遺
すみれ通信草稿
どんなふうに言葉をかわしたか思い出せないくらいきみは遠くなって
どんなふうに心を開いたか思い出せないくらい歌が遠くなって
楽器の音になってきみと空にきざまれていった心の記憶も
記録されたかたちになってなつかしがられている
歌を聞きながら歌うあなたにいつも変身できたのはなぜか
自転車をすいっと漕ぎ出す運動神経にも似た心の働きが
どうしてまだ歌ってるんだと話しかける椅子のかたちになってしまって
家族が寝静まった運河沿いのマンションの五階で
共同性は心が選択するかたちであるはずなのに
あらかじめ用意されたメディアでありシステムでしかないと誤解された不機嫌な時代のテーブルで
もうこの心も目がさめて四半世紀生きてしまったんだなあとつぶやきながら
なつかしいものをすべて記録に奪われてしまった四十男が書き続ける
冗談じゃないぞ
朝と夜の地下鉄で毎日のようにけんかに出くわす
書斎にこもって原爆のことを書き続ける作家さんとやらを乗せてやりたいよ
若い男と女が痴話げんかでもあるまいし
朝から飛び蹴りを無言でかわしあって止まらない
「表に出ろ」「いやーだ」なんて生ぬるい会話で
青年同士が眼鏡をこすりつけあいながらすれちがっていく同じ車両で
夜の隅田川を潜り抜けながらカップルが
BGMなしでキスしたまま自分たちの巣を運び続けている
おーい、そんなものなのかい、この時代ってやつは
ひと言のののしりもなく蹴りあう自己愛人間たちが
十五階建ての個室のように積み重ねられて
あかるい収容所時代を乗り越えられない
むしろ、子供を殺せ、子供はうるさいから殺せと
幼稚園児が母子連れで目の前に立っただけで怒り出したおじさんに言ってほしかったぜ
本当はボクがいつまでもお母さんの子供でいたかったんだよーってね
権力には縁のない不機嫌な大衆(おお、なつかしい言葉だ)を乗せた時代の地下鉄が
オレにこんなぼろぼろの手紙を投函させる
[f451ライブラリー一覧]
[詩の電子図書室別館]
[f451テキスト・ファクトリー・トップ・ページ]