渡辺洋 わたなべ・ひろし

1955年12月6日、東京都渋谷区幡ヶ谷で生まれる。ディズニーランド(テレビ)、怪獣映画、東京オリンピック(歩道橋ができた!)、若大将シリーズ、クレージーキャッツなど、高度経済成長期直前に小学校時代を送る。中高時代、フォーク、ロック、映画、文学など60年代末から70年代初めにかけての文化をたっぷり吸い込んだせいか、学校卒業後も語学書、電子出版物などの編集で生活するかたわら、ミニコミ作りや内申書裁判運動など、各種の活動に首を突っ込む、金に縁のない二足のワラジ生活となる。30歳頃から大学時代にあきらめていた詩をまた書くようになる。
 現在、詩誌『壘』(休止中)同人、リトアニア出身でニューヨーク在住の映像作家ジョナス・メカスを日本に継続的に招いて日本での作品を撮影してもらう「メカス日本日記の会」会員。
 よりくわしくてくどい自己年譜はこちら

詩集:
『日記詩集 十月』(私家版、1987)
『エゴイストとナルシシスト』(れんが書房新社、1990)
『白日』(書肆山田、1996)
『すみれ通信』(htmlデータ版、1998)
『BOY−−誕生歌』(htmlデータ版、2000)
『少年日記』(書肆山田、2002)
『向日 歌う言葉』(書肆山田、2010)
翻訳書:
キャロリン・キャサディ『ハートビート』(新宿書房、1990)
ジャック・ケルアック『ビッグ・サー』(共訳、新宿書房、1994/新装版『ビッグ・サーの夏』2000)
愛着のある編集書:
鈴木志郎康『メディアと<私>の弁証』(三省堂、1985)
鈴木博文『僕は走って灰になる』(新宿書房、1988)
伊藤悟『これだけ英文法』(朝日出版社、1993)
大石敏寛『せかんど・かみんぐあうと――同性愛者として、エイズとともに生きる』(朝日出版社、1995)
エキスパンドブック版「すみれ文庫」シリーズ(すみれ通信社、1997〜)
鈴木志郎康『結局、極私的ラディカリズムなんだ』(書肆山田、2011)



作品から


ブライアン

あの頃の父はぼくの歳だった
ぼくは戦いの時代に遅れてしまった大学生
生き方がわからなくて混乱しているばかりの息子を
父はどう思っていたのかな

ブライアンは父親になぐられて片耳が聞こえなくなった
ぼくは父に投げとばされたことはあるが
小遣いをけっこうもらって甘やかされもした
父子の関係そのものが幼かったのかな

ブライアンは父親をスタジオから追い出して
誰でも口ずさめそうなポップスを何曲も作った
一人になって感傷にとじこめられるとき
(別れたK ぼくだけがあやまる関係ではなかったよね)

もうすぐ精神の病にたおれるブライアンが
渾身の力でのこしたハーモニーを思い出す
青空のような声で不安な詞を歌っていたんだね
子どもたちが出かけた週末の昼下がり
ぼくはぼくの感情の記憶をひと回りした

(『向日 歌う言葉』より)


少年日記

こんな街でも生きのびていけるずるさを身につけたぼくだから
強制収容所に入れられてもうまく立ち回って生きのびて
ぼくをうらむ人たちに一生追われつづけるかもしれない

これ以上生きていけないと思うほど
友だちやぼくの好きな人たちに軽蔑されて
指さされながら壁や崖に追いつめられる
夢に何度もうなされたぼくは
本当のぼくを忘れてしまった
本当のぼくはこわれてしまった
本当のぼくは殺したのかもしれない
本当のぼくは暴力で奪ったのかもしれない

学校にはもう行かない
戦わないとつぶされてしまうから
張り合おうとすると
ぼくに似ていない力んだぼくになってしまうから
ぼくはぼくでないことに疲れてしまった
恋人の胸に何度もキスしたことを思い出しながら
暗くなるまでねむっていたい
暗くなったら
ひどく年をとった心で地下鉄に乗って
誰にも言えないバイトに出かける

彼女のいなくなった部屋を見あげ
疲れきるまで歩きまわる帰り道
爆撃された図書館で焼けなかった本を拾い集める
ガラスの刺さった絵本
この街の歴史をまとめたパンフレット
Sから後がちぎれた辞書
家族と街を出ていった彼女が好きだった小説
ここは掠奪グループからも見離された静かな廃墟だ
ぼくは夜を吸いこんで
すべてを投げ出したくなるぼくを吐き出す

 ○

お前が殺したんだと言われれば
絶対にやってないとは言い返せない心で
何を引き受けられるんだ
ぼくの心はどんな傷を隠しているんだ

警報が鳴った隙をついて
牛乳パックを段ボールごと盗み出して
ヤマザキの家にお裾分けに行った
ヤマザキは中一の時から家を出られなくなった
医者に薬漬けにされてアンパンのようになってしまって
門を出ようとするとうずくまってしまうのと
外国に行ったままこの街に帰れなくなったお母さんが言っていた
妹が出てきて
兄さんは部屋から出ようともしませんと言った
牛乳を渡して
まぶしい髪にふっと手を伸ばすと
きたないものを見たという目でにらんで
ドアを閉めた

――お前が殺したんだろう
――わかりません
――お前以外に誰が殺すんだ
  そのことはお前がよくわかっているはずじゃないか
――確かにぼくの心には穴があいていますが
  そのことと本当に殺すことは違うと思います
――殺しておいて忘れてしまうなんてお前しかいないよ
  思い出せ、思い出せ

 ○

本で覚えた感情をつなぎ合わせて
こわれた心を組み立てなおしてきたぼくだから
言葉が追いつけないほどの感情の速度がうまく思い出せないけれど
言葉が思い出すよりも速くぼくはきみを好きになっていた
そこにだけ光があたっているようにあらわれたきみ

バイトの帰りに出会ったきみは
ぼくの仕事を見抜いてしまったのに
ずっと昔からぼくを知っているように接してくれた
川沿いの道を殺された人たちの話をしながら歩いた
月明かりの向こうで銃声がした
きみはぼくの手をはなして振り向いた

――どうして怒らないの
  どうして戦うのをやめてしまったの

 ○

ぼくのなかで倒れているのは
こみあげる愛に一人で倒れていったぼくだ
しがみついてくる愛をふみにじったぼくだ
ある日とつぜん愛をたち切られたぼくだ
みじめさにゆがんだ笑いをうかべているぼくだ

倒れているぼくを見つめながら
やるべきことを心にメモしてやっと立ち上がる
何度もかたちを変えて
とうとう学校の中のつまらない小ぜりあいになってしまった戦いから
この街をこわしていくものとの戦いをもう一度呼び出せるかって?

あまりに切り離された一人ひとりのプライドが
おたがいを軽蔑することと食べることと寝ることで
やっと成り立っているようなこの街
どうして自分が戦わなきゃいけないんだなんて押しつけあって
お前なんていらないんだと脅しあって

 ○

ぼくはきみが好きだ
戦いを忘れはしないけれど
今はきみにキスしたい

(『少年日記』より)


白日 #17

ペシミスティックなひかりが
椅子のようにたおれる部屋から
鳥たち(バーズ)と書きたい
傷ついた鳥たち(青空)と書きたい
青空を持ち上げた(六十年代)と書きたい
歌声が持ち上げた(もう届かない)と書きたい
あの人(時間)がいなくなった部屋で
写真史の本なんてひろげて
勉強するふりの老いていく椅子よ
長い腕が空から降ってくるぞ
透き通っていく友達が窓(十五階)を叩いているぞ
重さを見失った「私」(風船)が舞い上がっていくぞ
不安(運河)が照りかえしのように
鳥(言葉)たちをちりばめている
まぶしさから「私たち」(時間)を引きずり出して
木の椅子のように笑いながら町に出かけよう
橋を渡ってさ

白日 #53

すぐ帰るようになってしまうね
帰るとまたいそがしくなるね

すぐに帰るようになってしまうね
きみを先に行かせるために
とじこもった顔ではじめた旅を
こじあけるように湖がさしこんでくるとき
「いま」という言葉をわすれた時間に
終わりもまたさしこんでいたね

   ◯

知らない駅のベンチで
買い物に行った妻と子を待ちながら
好きだったひととここで出会ったらと思ったりするが
その思いは必要なことしか言わないひとに出会って
自己嫌悪に陥りながらしゃべりつづける私に似ている
とまらなくなる言葉の蛇口をしめて
夏の体温ですわりなおす
ここが私の生きられる場所

*R.C.のセリフ、S.H.のエッセイの残響がある

雨の地形 ver.1 (白日 #97a)

あなたは疲れてしまってあなたを行使したくない
感情に耐えきれないあなたが行使する感情をこえて
感情があなた(名前)を見失うほど感情であることを行使するとき
あらわれる(世界)を影のようにふりつづけながらあなたはさまよっているのですか
辿りついた明るさ(無力感)を弁護する世界との変わらない関係(歌)になって

歌(あなた)を消して耳をすます歳月がはじまる
世界は方法(歌)が思い出せなかった(音)になれるかどうか

あなたは椅子(時間)のようなあなたをかかえこんで
胸の高さまで浮かびあがる力で絵を描いている
野にそれぞれの椅子を置いて時々あいさつする
(球体)のようなものが浮かびあがりとどまったあと(空)に吸いこまれていく

雨の地形 ver.2 (白日 #97b)

あなたは疲れてしまってあなたを行使したくない
感情に耐えきれないあなたが行使する感情をこえて
感情があなた(名前)を見失うほど感情であることを行使するとき
あらわれる(世界)を影のようにふりつづけながらあなたはさまよっているのですか
辿りついた明るさ(無力感)を弁護する世界との変わらない関係(歌)になって

椅子のようにかかえこんだあなた(時間)をあなたが作りあげてきた文法(窓)にぶつけるんだ
読み終えられたあなたをこじあけてあなたが生きてきた時間をひかりのなかにテーブルのようにひろげられると言うなら
感情であることをわすれた感情にみたされながら私(あなた)たちはやせた言葉になって抱きあうことができるだろう

雨の地形 ver.3 (白日 #97c)

あなたはあなたであることに疲れてしまってあなたを行使したくない
感情を抱えきれないあなたが行使する感情をこえて
感情があなた(名前)を思い出せないほど感情であることを行使するとき
「嘘つきの鳥」たちを焼きつくしながらあらわれる(世界)を
(思い出)のようにふりつづけながらあなたはさまよっているのですか

くだけちった時間(身体)になって私(あなた)たちは話しています
くだけちった時間にあわせて世界を動かしていくための(言葉)になって
私(あなた)たちだったかもしれない言葉(目)に見つめられながら
私(あなた)たちだったかもしれない風やひかりを(うらぎる)ようにくぐり抜けながら「橋」を渡りつづけています

あなた(私)はあなた(私)よりも年老いてしまってあなた(私)を行使することを思い出せないでいるのですか(嘘をついているのですか)
言葉が私(あなた)たちを奮起させながら(名前をなだめながら)言葉が言葉であるために私(あなた)たちが映し出されている場所で

雨の地形 ver.4 (白日 #97d)

くだけちった時間(身体)になって私(あなた)たちは話す
くだけちった時間にあわせて世界を動かしていくための(言葉)になって
私(あなた)たちだったかもしれない(目)に見つめられながら
すでに私(あなた)たちがそこにはいない(感傷)を参照しながら
あなた(私)たちをさがす「旅」の入り口を見つけては見失いながら
見られていることもわすれて笑っているあなた(私)たちを通りすぎつづけながら

私(あなた)たちを終わらせようとする(言葉)の「快楽」にかこまれ
終わらせられる私(あなた)たちを「破綻」させようとする言葉が振りあげる(手)が
私(あなた)にだけはわかるよとつなぎあおうとする手を振りはらって
持続しえない夢(歴史)のなかへ抱きしめるように飛びこもうとする
希望によって私(あなた)たちはまだ間違えることだけはできる

雨の地形 ver.5 (白日 #97e)

私たちを閉じこめようとする言葉の快楽に
閉じこめられていく私たちを破綻させようとする言葉が振りあげる手が
私にだけはわかるよとささやきかける手を振りはらって
持続しえない歴史のなかへ抱きしめるように飛びこもうとする
希望によって私たちはまだ間違えることだけはできる

背中を向けあった情熱が名前を呼ばれながらひしめきあっている場所で
私をおとずれる言葉の欲求をねじくれさせてうかびあがる力を思い出させつづける

雨の地形 ver.6 (白日 #97f)

背中を向けあった情熱がそれぞれの名前がうつくしく呼ばれるのをひしめきあいながら待っている待合室で
かならずあらわれる情熱の掃除人夫のように布袋を引きずりながら部屋を一周する時間が
何かをせきとめるという名前の自分の正義だと言うなら疲れてしまったあなたが親しいものたちにまず背を向けてしまったように
私をおとずれる言葉の欲求も微分された世代の感情として口を開けているにすぎないと言葉にすることもできたが
その度ごとに地形-図の背後におしやられていく感情を歴史につなぎとめる沈黙であることを放棄するなら
それもまた時代という集塵-器にゆだねるしかないであろう

(以上『白日』より)


霧について

霧のなかで僕は誰かに似ていた
霧のなかで誰かが僕を呼んでいた
霧のなかで僕はひとりじゃなかった

言葉が僕を追い越していくと
かたちだけがゆっくりとのこった
鏡をなくした歌のように
僕は僕だけの霧になった

晴れた夜
僕に似ていない女たちがねむっている
僕に似ていない男たちがねむっている
十五階建ての夜の底で
通いの娼婦に道を聞かれたり
捨てられた手紙を拾ったりする
エレベーターのビデオカメラだけが
午前二時の僕を記録している

けさ僕は
上半身はだかの男がベランダから
鉢植えの花をつぎつぎに投げ捨てるのを見た
彼に似ていない花を投げ捨てていたのか
もはや何を伝えることもない
言葉の残骸のような

ねえ、きみ
追い越されたものが
なお出会うために
どんな夢の見方が残されている?
生まれつづける空白のなかから
声と名前だけの少年少女が
電話をかけてくる

離ればなれになった友達たちを
めぐりあわせようという僕たちの計画について
僕はもう話さないほうがいいのかもしれない
僕に似ていない僕の時間の
しずんでいくうたごえのなかで
僕に似たきみと背中合わせに出会うことが
追い越された僕たちの最後の裏わざなのかもしれない

死なないために書くこと
沈黙しないこと
きみに聞かせたかった
さっき思いついたことを思い出すまでの長い時間
穴のあいたからだで
僕は吹きつづける

霧だ

(『エゴイストとナルシシスト』より)



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