2001年以降の 目次
1999年から2000年までの 目次



●96年から98年まで。新しく掲載した順です。
98年12月
12/27「ちょっと早い『ゆく年くる年』」
12/16「届く言葉」
12/5「治るということ」

98年11月
11/23「100年前の小説」
11/14「銀紙に思いを託す−−堀田善衞さんと田村隆一さんの作品を読んで」
11/7「『なぜ人を殺してはいけないのか?』をめぐるメモ」

98年10月
10/28「詩の打法の変換?」
10/10「良い人」
10/7「赤い自転車」
10/2「声が聞こえない日々」

98年9月
9/18「二度読むと何かがわかる」
9/6「夏が終わる」

98年8月
8/18「何もしない夏休み」
8/8「詩の効用」
8/2「ゲイの友達の本を読んで」

98年7月
7/20「津島佑子『火の山−−山猿記』を読んで」
7/17「10年後」
7/1「ゴミ社会はいかんよ」

98年6月
6/22「泣きたい気持ちとブコウスキー」
6/5「日本語で読むフラナリー」
6/1「未発表小詩集、また」

98年5月
5/21「喫茶店風景・春」
5/12「タスケテクレーッ」
5/2「ちょっと怖い子どもたち」

98年4月
4/18「声のある場所−−静のフラナリー、動のゾラ(その10)」
4/10「ただ本を読んでいるだけ?−−静のフラナリー、動のゾラ(その9)」
4/6「ゾラの短編から−−静のフラナリー、動のゾラ(その8)」
4/5「翻訳のことなど−−静のフラナリー、動のゾラ(その7)」
4/4「仮説と脱線−−静のフラナリー、動のゾラ(その6)」

98年3月
3/28「書評転載−−ケルアック関連2冊」
3/18「思い出したことなど」
3/12「大江健三郎『人生の親戚』を読む−−静のフラナリー、動のゾラ(その5)」

98年2月
2/25「続・ちょっと雑談、あるいは英語人生−−静のフラナリー、動のゾラ(その4)」
2/24「ちょっと雑談、あるいは英語人生−−静のフラナリー、動のゾラ(その3)」
2/15「ある習作−−静のフラナリー、動のゾラ(その2)」
2/7「静のフラナリー、動のゾラ(その1)」

98年1月
1/21「ただいま減速中」
1/10「新年のやや長い手紙」

97年12月
12/26「未発表小詩集」
12/20「1行をめぐるやや寄り道の多い話」
12/1「冬を越える詩集」

97年11月
11/8「映画「萌の朱雀」を見て」
11/1「秋に読んだ小説」

97年10月
10/15「美について」
10/5「宇井純さんの雑誌連載がすごい」

97年9月
9/27「悪口について」
9/18「詩をふみわる詩人 江代充さん」
9/16「大げささについて」
9/5「学校という場所」

97年8月
8/25「鶴見俊輔『期待と回想』を読んで」
8/20「残暑お見舞い申し上げます」
8/4「8月といえば」

97年7月
7/28「夏の読書」
7/14「さびしさについて」
7/2「ジャメイカ・キンケイドに夢中そのほか」

97年6月
6/18「弱虫のゆくえ」
6/5「メディアをめぐるメモ」

97年5月
5/19「時間が産み落とした本−−島尾伸三『月の家族』」
5/16「出版をめぐる長めの雑談−−編集者がいなくなる」
5/5「爆音の詩人 伊藤聚さん」
5/1「光のなかの子どもたち」

97年4月
4/21「カンフル剤としての読書など」
4/5「すこたん企画を紹介します」
4/1「村上春樹『アンダーグラウンド』を読んで考えたこと」

97年3月
3/14「情報化する言葉−−モノから信号へ」
3/6「関口涼子・コイズミアヤ二人展に走れ」

97年2月
2/26「ゲンロンノジユウ」
2/20「柳瀬正夢さんを紹介します」
2/1「幸福の理論は可能か──見田宗介『現代社会の理論』を読んで」

97年1月
1/17「言葉の草原を旅する詩人 関口涼子さん」
1/2「メイプルソープとプリクラ写真」

96年12月
12/17「詩『すみれ通信草稿』そのほか」
12/14「詩を誰に届けるのか」
12/8 「エキスパンド・ブック『15日間』の無償配布について」
12/7 「このホームページができるまで」

96年11月
11/24 「11月に考えたこと(シンディ・シャーマンほか)」


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