98.10



98年10月
◯78/10の手帳から 吉行淳之介『夕暮れまで』刊行、ただの兄ちゃん姉ちゃんも読んでいた。まだまだ本の時代。
◯88/10の手帳から いっしょに行くはずだった松岡くんが肺炎のため、東京ドームで一人でスティングのコンサートを見ている。とにかくよく仕事している。

「声が聞こえない日々」(98/10/2)

 これは、直接書店の人々に聞いてみたいものだと思うが、ふと気がつくとがらがらなのだ、店の中が。神保町界隈の大書店でも、平日の昼休みに通路が通りにくいなんてことがない。と言うよりもまず、スペースに比べて、何か人がまばらという直接的な印象。ただの主観かもしれないけど、どうなのかな。
 業界の人々と話すとだいたい景気の悪い話のオンパレードだ。名門中の名門○○書店も100人規模のリストラらしいよ、○○○は再建なったと思ったのも束の間、またおかしくなってきているらしい、○○○○社がいよいよ業者さんへの支払いもできなくてあわててるらしい、○○○○もあの程度のラインアップだったら新書なんて始めなきゃいいのに、でも雑誌が行き詰まりだから他に手がないんだろうとか(以上、出版)、書店も超大手書店のヤバイ噂が出ているし、取次(問屋さん)も中堅クラスの○○書店がリストラして取引先の○○書店から役員を迎えたんだってさエトセトラエトセトラ。
 まあ、本の業界の人間が何人か集まると、業界の不景気な話が出るというのは、今に始まったことではないけれど、本屋にずらりと並んだ新刊書を見ていると、これはそろそろという気もする。でもヤバイとされる会社の友人から、年収をいくらいくらくらいまで切り詰められそうで苦しいなあという話を聞いたりして、その切り詰められた額くらいしかもらってこなかった私から見ると、切り詰めれば何とかなる、今までがリッチすぎただけという部分もまだ多いのかとも思える。
 このまま書いていくと、いつもと同じ話になってしまいそうだ。考えてみれば業界の不景気など、それほど自分にとっては切実な問題ではなかった。私が気になるのは新刊書の山を見ていても、そこから書いた人間、作った人間の生身の声が聞こえてこないこと、きれいなカバーをかけていても顔が浮かび上がってこないことだ。それがすごく淋しい。みんな「企画」になって、ただあふれはじめているということ。
 せっかく、雨続きの日々が一段落して晴れ間も見えてきたところだ(明後日の日曜日の小学校の運動会まではもつだろうか)。自分の単調な日々に活を入れるために、また私にとって声がびしびしと聞こえてくる作家フラナリー・オコナーさんの短編の試訳を始めよう。誰に頼まれたのでもない、出版のあてもない、これが本当のライフワークかもしれないな。

「赤い自転車」(98/10/7)

 マキ(3歳・男子)の自転車が補助輪の音をがらがらと響かせて、マンションの向こう端の木立ちの陰に消えていく。6棟あるマンションの広い庭から駐輪場の通路へ抜けて1周して戻ってくる200メートルくらいのコースがお気に入りで、始まると何周でもあきずに走り続ける。父親はずっとついていてはいけない。「お父さん、待っててねー」と言ってマキが走っていったら、マンション内の段差のあるところで待っているというお約束だ。小さな子なりに自転車で全力で走るのでたいていはあっという間に駐輪場のずっと向こうに現れ、私を見て「ワルモノがいたぞー」とか、元気な声をあげながらやってくるのだが、なかなか現れないこともある。この間もあまりやって来ないので、他の自転車とぶつかったか転んででもいるのかとあせって走っていったら、駐輪場の入口のポールに補助輪が引っかかって、後ろに下がることを思いつかずにいつまでも前に出ようとして自転車を押していたのを、通りすがりの家族が助けてくれているところだった。
 だいぶ慣れたので大丈夫だろうとは思っても、マキが見えなくなってから、また姿を現すまでのほんの2、3分は何事もありませんようにと思わずにいられない。この自転車はこの春に姉のカオル(7歳)からお古でもらって補助輪を付け直したものだが、マキは自分の自転車ができたことが本当に嬉しそうで庭に出ても「ジテンシャ、ジテンシャ」ばかりで砂場遊びもほとんどしなくなってしまった。カオルの方は、マンションのリサイクルに3、4年生くらいの自転車希望と書いて出しておいて、しばらく何の反応もなくあきらめかけていたところに、よければただで譲りますという電話があって、母親と見にいったら、ほとんど乗っていなかったのか、よほど手入れがよかったのか、きれいな真っ赤な自転車を見せられ、うれしくてたまらず、その場でぜひ下さいという話になった。気持ちばかりの果物程度のお礼で済むとは思えないくらい新品同様の自転車だ。
 でもカオルは自転車や一輪車には早くから乗れるようになったものの、マンションの中でばかり乗っているせいか、生来の怖がりのせいか、まだ外に出すのはちょっと怖い。この間も少し離れたところから自転車で遊びにきた友達に「ワタちゃん、さびしいから自転車で送ってきてよ」と言われて、「えー」とか言っていたので、「ダメダメ、大人といっしょじゃないと。カオルはまだ自転車上手じゃないから死んじゃうよ」などと、過剰反応して止めたのだった(いっしょに走ってもそれはそれでスリリングなのだそうだ。これは奥さんに聞いたことで、私はとても怖くていっしょに外に出られない)。
 そうは言ってもいつかは走っていくんだろうな。走っていかなくてはいけない。親から姿が見えなくなるところまで。そのときは多分そんなに先のことではないのだろう。

「良い人」(98/10/10)

 相変わらず落ち着かない日々だ。仕事量と体制の調整が去年の今頃からうまくつかないままで、「器用貧乏」の私は、「整理券でも発行するか」という冗談も出るくらいサポート仕事の山盛りで、おまけに以前から時々愚痴を書かせてもらっている、経験者ということで入ってきた年長の同僚が、編集ができないどころか、写真のトリミング、日本語の適切なコントロール(原稿整理、見出し付けほか)、読みやすい字で漢字も間違いなく書くといったこともできない(要するに編集者として適性を著しく欠く)ということまでわかってきて、仕事に集中しながら毎日その人のお守もしないといけない、一時でも目を離すとどんな粗相をするかわからないという、流行り(?)の言葉で言えば「アンビリーバボー(unbelievable)」な、いつコケても許されるだろう生活を送っている。
 こうした時は、本を読むといった、自分の興味に即した持続的な行為が必要になってくる。よって、昼休みや夕方など、神保町を歩きまわって、読む本が途切れないように、中毒患者のように本を買ったりする。先日もある文庫を買おうと思って足早に新刊書店を回ったのだが見つからない。1年前くらいの発行のはずだし、他ならぬその会社の文庫本のカバーの袖広告で文庫化されたのを知ったのだから探し方を間違えているはずもない。やはりタフな友人にして、絵も描けるフリーライター岡崎武志さんが新刊の著書『文庫本 雑学ノート』(ダイヤモンド社)でも書いているように、文庫にして売れなきゃさよならというサイクルは早まる一方なのかもしれない。困ったなあ、読む本もなしじゃやってられないなあ(家にあるものの再読でもいいわけだから、何か大げさだが)と思ってうろうろしていたら、村松友視(正しくは「視」の偏が「示」)さんの『百合子さんは何色』(ちくま文庫)が目にとまったので買ってきた。私は、この「百合子さん」こと武田百合子さんと百合子さんのご主人の武田泰淳さんのファンなのだから、当然この元本の刊行(1994)の時にも気になっていたのだが、村松さんがお二人の生前の編集担当者であったという、特権的なポジションへの嫉妬もあってか、読まないままでいたのだ。
 やはり読めばあっと言う間に読んでしまった。世間的には夫である作家、泰淳さんの影響を受け、彼の死後、日記作家として才能を開花させたと考えられがちな百合子さんが、実は結婚前から詩やエッセーなどに才能を示していて、泰淳さんの生前はむしろそのことを表に出さず、泰淳さんのニヒルな作品世界に自分の感性を通して肯定性を与えることで、成長させる裏方に徹していたのではないかという分析はうなるものがあった。そして私でも書けるんだからとしゃしゃりでなかった百合子さんの生い立ち、複雑だった親子関係に起因する屈折を包んだ明るさ、豪放さの分析も面白かったが、やはりすごいのは戦前の女学校時代から百合子さんらの結婚後も細々と続けられた同人誌を旧友が保存していたこと(本人も持っていたのかもしれないが、そうだとしても死後遺言によって焼かれた茶箱とトランクの中味として、百合子さんの死とともに処分されたのではと思われる)。その中から詩をひとつ(1943年・17歳)−−

    夜

  どこかの醸造やの酒ぐらで
  酒が凍ることがあると
  だれかがいつた。
  美しい酒が凍るのは
  きつとこんな夜かもしれない

  山はねてしまつた
  もし ひとつの星が杉の森に
  深くおちたとしても
  だれも目をさますものはあるまい
  風だつて今夜は岩かげに眠るらしかつた
  動くものは宿のランプの灯のかげ。

  今こそ
  峡のすい晶はきびしい音をたてて
  結晶をはじめるかもしれぬ

  すゝむちやん

  今夜あたりは
  星の熟柿が自分のおもみに
  たへかねて
  川におちこむかもしれない

  生れて始めてのやうな
  しづかさだね

 のちの『富士日記』(1977・現在は中公文庫)などに見られるのびやかで繊細な感性がすでにここに感じられる。同人で友人だった金井亭子さんが百合子さんの亡くなった1993年に発表した小説「黄色い花」で、この頃の百合子さんをモデルにした「雪代」は自分の詩をほめられてこう言っている。最近読んだ言葉の中でも印象に強く残ったものなので、おすそ分けしたい。
「私はね、本当に良い人になりたいのよ。今のつまんない私なんかじゃなくて、わがままじゃなくて、もっともっとずっと、本当に良い人になりたいの。そのために詩や文章を書くんだわ。本当に良い人になれたら、そんなの書かなくても良いもんね」
 こういう人がいてくれたということだけで救われるものがある。

「詩の打法の変換?」(98/10/28)

 ここ、何か月か、寝る時は松本大洋さんのマンガ『ピンポン』(全5巻、小学館)を眠くなるまでぱらぱら見るのが習慣のようになってしまった。卓球部の高校生たちの人間ドラマなのだが、何度読んでも飽きない。文学的な目から見れば結末など弱さもあるのだろうが飽きない。そんな中で、詩を書いている人間として面白かったエピソードが一つ。私は素人なので、あくまで受け売りなのだが、卓球の選手の打法のタイプのようなものがあって、マンガでは「速攻」と「カット」と分類されている。要するに攻撃型と切り返し型というようなものらしい。マンガでは速攻の選手が自分の能力の限界を知って、打法をカットに切り替えるのだが、今さらうまくいくわけもなく挫折し、別の速攻の選手が打法は変えずに弱点を補う裏技を身に付けてヒーローに成長していく。
 なるほどなあ、と思って、自分の詩も弱点克服のための技を組み込もうとしてみたが、自分でもなかなかうまくいかないものだと思う。参考のために掲載しますので、笑いたい人は笑ってください。以下3編です−−

 犬のように

激しい感情は去った
呼びかけるべきあなたを失い
せりあがる空白に声を与えるために
あなたを呼びもどしたいという願いも
折れた夢になって窓の外にうかんでいる

こころにさわる方法
もっとじかに
泣きながら詩を書く方法

ときどきさびしさがあふれてこわれてしまうんだ
こわれた自分をならべなおして
生きることに帰っていく
私は幼年期が思い出せない
思い出せるのは
立ちふさがる時間のおもさに
また明日が来るのかとつぶやいて
くずおれそうにホームに立っていた
十代のある日の午後だけ

ときどき私はこわれてしまって
あなたに呼びかけようとするのだが
切りぬかれた空白から呼び出せるのは
必死に自分をささえようとする
犬の姿をした私にすぎない

注・書いた後で、こういう比喩は動物を馬鹿にしているみたいで、好きじゃないという意味のことを、清水哲男さんが書いていたことを思い出した(冷や汗)。


 もてない男のブルース

すこしずつ修理して使っていくしかないね
自分でかきまわしてちらばったこころとからだが
しずんでひとつにまとまっていくのを待って

すこし飲みすぎる大学三年生に
仕上げに泡盛を飲ませたら
ケイ子ーっとか吠えてとまらなくなり
友人はアパートの前の公園に連れ出して
少林寺でねむらせたのだそうだ

十年以上待ってやっと
これ以上のぞめないほど
私をまもってくれる女性と結婚
私のコピーのような子どもも二人
これほどの家族とはもう出会えないだろうと
感傷にふけっているうち

すこし飲みすぎて
もっともっとたくさんの友人に私を見つけてほしいと
家族の寝静まった家でさびしさがこみあげ
トイレのドアにつま先をぶつけ
バカヤローっとか叫んでいる

コマツくん
きみがねむらせてくれてから二十年
くるい方だけはすこしおとなしくなったようだが


 

ぼくは遊ばない大人になろう
七十年代の高校生がある日ちかう
テニスも海外旅行もしない
自分だけが楽しければいい大人にはならない
瓶のくびをくぐりぬけるような
言葉に閉じこめられた彼のこころが
自分の力をためそうとしたのか
彼を愛していない女性たちを傷つけた
何度も何年も

プラスチックの補助輪のがらがら言う音が
ベンチの私を通りすぎて
マンションのはずれの木立ちに消えていく
赤い自転車が弟を追って
キーにつけた鈴をひびかせていく
ぐるっと一周してまた走りぬけていくだろう
たのしい物語に二人で吸いこまれるように
妻ははずかしそうにキスをする
私がなれなかった良い人たちだ


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