97.3〜4
97年3月
◯77/3の手帳から 大学2年生の春休み。芝居:西武劇場プロデュース「中国の不思議な役人」(寺山修司作・演出)、早稲田小劇場「鏡と甘藍」(高橋康也作・鈴木忠志演出)。97年2月に亡くなった岡田隆彦さんの詩集『零へ』や現代詩文庫版の詩集などを読んでいた。
◯87/3の手帳から 失業中。相変わらずろくな仕事をしていない。郷里に帰る友人の送別会で泥酔し、終電車に身一つとその友人にもらった土鍋以外のすべてを置き忘れ、翌朝一銭もなく三つくらい先の駅に歩いて受け取りに行ったりしている。
「関口涼子・コイズミアヤ二人展に走れ」(97/3/6)
最近、本や音楽やらにびっくりすることが少なくなった。ここ、2、3年は、いわゆるヌーヴェル・ダンスを見たり、久しぶりに芝居を結構集中して見たりしていたのだが、何にせよマニアになれない体質なので、ひと通り見たなという感じであきてしまった。映画も企画をしかけてきてるなと感じられると見に行く気が起こらないし。
だいたい、編集者のくせに新刊本にもつめたくなってしまった。神保町を歩きながら、こんな本作って食えるわけないよなと思ってみたり、誰でも読む本だったら自分が読む必要ないよなとか、こんな本を自分も作らなければいけなくなったら商売代えだななんて気がそれてしまったり。よって、最近読んだ本と言えば、上の子供の小学校入学に合わせてスペースを作るために本を処分したときに、読みかけで放ってあったのを思い出した、荻野アンナさんの『ラブレー出帆』(岩波書店)であったり、サルマン・ラシュディさんの『悪魔の詩』(五十嵐一訳、プロモーションズ・ジャンニ)だったりする。そして、一番うれしかったのが、2月のこのコーナーで紹介した柳瀬正夢さんの図録がどうしても見つからなかったのが、思いあまって図録の版元のひとつである武蔵野美術大学の美術資料図書館に電話したら、お分けできますよとあっさり言われて、2点申しこんで入手できたこと(しかも、出版社じゃないので安い! 親切な応対にも感涙!)。あんまりうれしかったので、いつもお世話になってる書肆山田のお二人へのプレゼントに1点買い足してしまった(鈴木さん、大泉さん、今度持っていきます)。
と言うわけで、何となく出不精になりがちなこの頃だが(育児もあるので)、これだけは行きます、みなさんも行きましょうという話が一つ、降ってわいた。やはり1月のこのコーナーで紹介した、詩人の関口涼子さんが造形作家のコイズミアヤさんと二人展をやるという。関口さんのメッセージによれば
出会ったふりをしたり、出会ったと思いこんだりするのではなく、本当に出会うこと。単に二つのものを積み重ねるのではなく、お互いの根本的な違いに目をつぶって寄り添おうとするのでもなく、二つのものが出会うことでそれぞれに変化を経験し、それまでとは違う場所におかれ、一人ずつで立ってはいるものの、それでいて、お互いに「片方なしでは完全な存在ではいられなくなること」。
という地点を目指すとのことだ。ありがちな詩の豪華本的な、挿絵付けました的な寄りかかり合いではない、詩とオブジェのコラボレーションが待っている。ほめすぎのような気もするが、まだ見てないので仕方ない。何か言いたいなら、行くしかないのだ。関口涼子・コイズミアヤ二人展に走れ。
「距離と変容の器」 関口涼子・コイズミアヤ
3月24日−4月3日(11:00-18:30、日曜休)
ギャラリー椿
東京都中央区京橋3-2-11 第百生命ビルB1 TEL.03-3281-7808
「情報化する言葉−−モノから信号へ」(97/3/14)
2月に、詩の出版社ミッドナイトプレスの主催で、詩人のトーク・ショー的なイベントがあって、鈴木志郎康さんや長尾高弘さんたちが、インターネットと表現といったテーマをめぐって発言したのを聞きに行ったのだけれど、その中で鈴木志郎康さんがホームページは本のような、いわゆるモノじゃないんだと繰り返し言っていたのが印象に残った。その発言はインターネット体験のない人も多かったお客さんたちには必ずしもぴんときていないようだった。けれど、最近自分でCD-ROM版の英語の手紙辞典というやつを作っていて、そのことが身にしみるような体験をしているので、ちょっと書いてみたい。
CD-ROM版の辞書の編集とは、大ざっぱに言って2種類の工程があって、ひとつはコンピュータ上でどうやって使うのかを決める検索ソフトの方針決定、もうひとつはその検索ソフトに流し込むデータの作成と校正だ。検索ソフトについては注文を出して機能やデザイン、レイアウトをまとめてもらえばいいわけだが、データはあくまで編集サイドが責任を持たなくてはならない。というわけで、昨年の秋からせっせと原稿をまとめて、ゲラという紙の上の校正を続けてきたのだが、そろそろ検索ソフトに流し込む本式のデータにしましょうということになって、今まで紙の上で見てきた言葉をプログラムによって自動的に合体、あるいはばらしたりして、できてきたデータがさあ大変。本という紙のモノをまとめるときは、かぎりなく出来上がりに近い状態に持っていって、さあこれで印刷してくれということができるのだけれど、CD-ROM用のデータの場合はコンパクトにまとまっていくのではなく、あらゆる機能に耐えるべく、基本的な本文のデータだけで今回の場合は4メガバイト(全部、和文としても、400字原稿用紙5000枚分)という文字データへと逆に追いかけきれないほど膨張拡散してしまったのだ。それでうまくいけばいいのだけれど、まだまだ電子出版のノウハウが成熟していない関係で、文字化けやら、1バイトと2バイト系の文字、記号の混乱が起きて、それをただいま人力でチェックしている(心身症気味の私の間違いの多いメールを受け取った方々、ごめんなさい)。
さらに考えてみれば、その文字データとは、本のように紙というモノにインクで印刷され製本されたものではなく、あるコードに乗っ取って、文字としてプリントアウトされたり、モニター上に再現されるように作られた2進法の数字列にすぎないのだから、なんらかのミスがあれば途端に意味不明の文字化け群と化してしまうものなのだ。今、この文章を読んでいてくれるあなたも、コンピュータの高度の演算機能によってすごいスピードで行われているデータ処理のおかげで、モニター上にまるで文字のように見える信号を見ているにすぎないとも言えるわけだ。しかもCD-ROMとちがってインターネットはそのデータを電話回線でキャッチしてくるわけだから、言ってしまえばホームページの文字や画像はネット上にアップされたおびただしい数字列から、URLといった記号で該当する数字列をチョイスしてきて、ブラウザーに解読可能なものとして再現しているにすぎない。
そのスピード感、紙といったモノ、あるいは声を反響させる身体といったモノを媒介にしないで、言葉を送りキャッチするスピード感には確かに快感があって、私などはほぼ5年ぶりくらいでこうした散文を書けるようになったのだけれど(印刷メディア相手だと、どうしてもその文化圏に身構えてしまうので)、正直言って、自分をふくめてこれからどうなっていくのか、わからない。文化的な歴史を吸い込んだモノである本を離れて、信号化した言葉が新しい表現を生んでいくのか。それともジャーナリズム不在の平板な表現の膨大な情報群になっていくのか。
これは余談だが、ホームページはその人の思惑とは別に、その人の性格をさらしてしまうようだ。それも面白さと言えなくもないが、女性の詩人のページがいわゆるポエム的なものをのぞけばほとんどないのも、そんなことと関係あるかもしれない(ただハードを持ってないだけかもしれないけれど)。
ちょっととりとめなくなってしまった。感想など送っていただければ、その紹介とからめて続きを書きます。
97年4月
◯77/4の手帳から 大学3年生の新学期。芝居:結城人形座「ヴォイツェク」(ビュヒナー作・佐藤信演出)。パルコで先日亡くなった池田満寿夫さんの展覧会。近頃めっきり少なくなった映画の名画座めぐりなど。
◯87/4の手帳から 失業中にもかかわらず、『日記詩集 十月』自費出版。小冊子スタイルの表紙に友だちが、スパゲッティとコーヒー2杯で似顔絵を描いてくれた(今でも残部ありますので−笑−ご希望の方はご連絡ください)。
「村上春樹『アンダーグラウンド』を読んで考えたこと」(97/4/1)
村上春樹さんの新刊書『アンダーグラウンド』(講談社)を買ったのは、その本が自分の住んでいる下町の小さな本屋さんにあったからだとしか言えない。村上さんの本については、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1985、新潮社)までは初刷で読む比較的熱心な読者だったはずなのだが、それ以降はぱったりと読まなくなってしまっていた。ベストセラーになった作品にしても、パートナーが持っていたからとか、彼女が図書館で借りて読んでいたからといった理由で、会話だけ斜め読みするなんてことはあったけれど。うますぎて、陶酔してしまうのが怖いという気持ちがあったのかもしれない。ユーミンさんのアルバムにしても、4枚目(20年前くらい?)まで熱心に聞いて、何だか怖くなって全部友達にあげてしまって、それ以来自分から積極的に彼女の歌を聞いたことがないのと、似ている気もするが、うまく言えない。ただはっきりしているのは今回の『アンダーグラウンド』にしても、都心の大書店のワゴンセールではけっして買わなかっただろうということ。地元の、ふだんなら雑誌かマンガかせいぜい文庫本しか買わない小さな本屋さんに1冊だけ置かれていたので、おまえくらいしか買う奴いないよと呼ばれたような気がして買ってしまったのだ。
この本は95年の地下鉄サリン事件の被害者や医療関係者など約60人の人々に対するインタビューをまとめた、四六判(文芸書などのレギュラー・サイズ)のハードカバーで、720ページ以上の大冊だが、買ってきて三日くらいで読んでしまった。読みながら思ったのはやっぱりうますぎるのではないかということ、加害者ばかりがクローズアップされてきた事件の被害者の声を読んでいるはずなのに、当世人間模様を読むかのように、いろいろな人がいるなあとどこまでもすらすら読めてしまうのだ。おおむね一人一回のインタビューで、それを速記者が仮編集しながら(話題のつながりの整理など)テープから起こした原稿を村上さんがまとめたということだが、あまりに破綻なくまとめられすぎているのではという印象を持った。これがビデオとかフィルムだったら話す人の言い淀みも映像に残されたり、カットによって時間の経過を想像できたりするのだが、一本一本端正にまとめられたインタビューではその沈黙が見えてこなかった。それぞれのインタビューに対して、話し手の、いわば決めの一言がタイトルになって付されていたり、村上さんによる人物紹介と感想もていねいに付けられているのだが、そうしたプロフェッショナルな編集の心配りが、この本をどんどん作品ないしは商品としてなめらかなものにしてしまって事実から遠ざけていると思った。村上さんのコメントには短いものでも、その空間を一気に作品化してしまう力があるのだ。
たとえば、重度の後遺症に苦しむ被害者に、インタビューというより会いに行った際の文章があるが、そのなかで村上さんは彼女の手を握ったあとで感じたことをこう書く。もし自分が志津子さんの立場にたたされたら、果たして彼女ほどしっかりとした「生きる」意志を持ち続けることができるだろうか? 私にはそれほどの勇気の持ち合わせがあるだろうか? それほどの忍耐力の持ち合わせがあるだろうか? あれほどしっかりと、誰かの手を強く温かく握りしめることができるだろうか? 人々の愛は私を助けてくれるだろうか? わからない。ほんとうに正直に言って、私には自信がない。
これだけで村上春樹ワールドである。村上さんご自身は確かにこう思われたのだろうが、この短さでここまで文章を作品化してしまえる力量を作者ご自身が怖れたほうがいいかもしれない。同じような危惧は人物紹介の文でもしばしばぶつかった。
おそらく村上さんもスタッフも善意でやられていることなのだろうが、プロがいいものを作ろうとすればするほど、生々しさを失っていくのが今のメディアの怖いところだと思っている私にとっては、ここでこそ破綻にぶつからなければならないのではないかと思ってしまった。村上さんご自身もこれからさらにこの問題に付き合っていくのかもしれないし、そのことは素晴しいと思うだけに、私としては考えさせられた。
最後に余談だが、この本に登場する被害者の方々は本当に働き者が多い。朝五時とかに起きて家に帰るのは夜遅くといった人がたくさん登場する。こんなに働いても、後遺症が目につかないものだからといって、無意識に彼らを追いつめてしまうような今の日本を心底憎む。
「すこたん企画を紹介します」(97/4/5)
古い友人である伊藤悟さんから、彼がゲイであることを教えられたのはいつ頃のことだったか。何しろ彼とは私が中1(1968)のときから、かれこれ30年近い付き合いということもあって、よく思い出せない。彼とはいろいろなことをやってきた。中学高校では社会科研究部という学校内のクラブで公害問題や沖縄のことを学んだり現地調査したり(中高生がこんなことをやってる時代でした)、大学を出てからは彼が高校の社会科の教師になって、私が英語の教科書を編集していたなんて縁で、学校にまつわる中高生のナマの声などをまとめたミニコミを始めて10年くらい続けたり、今は国会議員になってしまった、内申書裁判原告の保坂展人さんを中心にした「学校解放新聞」の編集に参加したり。
思い出せるのは、10年以上前だけれど、彼が当時付き合っていた男性をやはり好きだったらしい匿名の人間から、ゲイであることを学校にばらすという脅迫をされて、どうしたものか相談をうけたこと。折悪く、ちょうどその時、彼が中学などでの体罰体験を生徒たちに書かせてまとめた、『先生! ビンタはむかつくぜ』(三一書房)という本が、地元の中学校から逆恨みされて、こういう本を出す教師のいる高校には進路指導しないという、私立高校にとっては経営にひびく、これまた脅迫があって、彼自身、進退問題に苦しんでいたことと重なってしまった(記憶違いだったら、伊藤よ許せ!)。
結局、その後彼は高校教師を辞め、予備校で英語を教えるかたわら、ひょっこりひょうたん島の本を出したり、教育や音楽などについての文章を書くフリーライターになったのだが、今にいたるパートナーである、やなせりゅうたさんと出会って、お母さんにカミングアウト(ゲイであることを伝えること)したりする過程を通して、ゲイの活動家として生きることを決意したようだ。そんな二人が結成したチームが「すこたん企画」だ。
こちらは、友人として、一人の編集者として、伊藤さんの『これだけ英文法』シリーズ(予備校教師の体験を通して、学校英語に対する批判の上にたって、わかりやすく英文法をまとめた)や、やなせさんの編集協力で、ゲイでHIV感染者であることを公表して活動する大石敏寛さんの『せかんど・かみんぐあうと』(以上、朝日出版社)といった本をいっしょに作ってきた。心の熱い二人なので、何かあると、会社、自宅、平日、休日を問わず、電話で「おまえはマヒしてるよ」とシャウトしたり(これは伊藤さん)、自宅に問答に押しかけてきたりするのにはそのときは閉口したが、今は楽しい思い出だ。まあ、余談はともかく、最初は、こんなことで食えるのかなと心配させられることの連続だったのだが、最近は中学や高校での保健の特別授業のようなかたちで生徒や教師たちを相手に講演したり、独自で講演会を企画したりするなど、なんとか軌道に乗ってきたようだ。
二人で社会に対してゲイであることをカミングアウトした『男ふたり暮らし』『男と男の恋愛ノート』(いずれも太郎次郎社)をきっかけにして、世間やマスコミの好奇の目に振り回されたり、いやな目にあったりすることも相変わらず少なくないようだけれど、ゲイとして二人が堂々と生きている姿は確実にプラスの影響を与え始めていると思う。ゲイ雑誌をレジに持っていくことが恥ずかしくて万引きして追いかけられて少年が自殺したなんて、都会の情報づけになった大人たちには信じられないような状況が日本ではまだまだあるのだ。私もできるだけの応援をしたいし、二人のエネルギーをこれからももらっていきたいと思う。この4月に彼らのホームページもできたので、皆さんもできれば見てください。
「カンフル剤としての読書など」(97/4/21)
この欄でも何度か愚痴を書いてきたけれど、英語の手紙辞典のCD-ROMを作ってきて、遅くとも4月半ばには手を離れるはずが、案の上もたついて、最終検証と修正がゴールデン・ウィークにもつれこみそうな気配になってきた。原因はアプリケーションのエラーがなかなか解消できないことと、ソフト開発サイドと私のような出版屋サイドとの言葉の表示に対する要求の落差が大きいことだと思うのだけれど、疲れるなあ。
辞書などの刊行前はいつもそうなのだけれど、3、4カ月にわたってちょっと先の予定も組めない状態が続いたり、休みの日は少しは家事・育児を手伝わないといけなかったりで、かえって本を読んでしまう。今までの辞書作りをふりかえっても、ウィリアム・S・バロウズさんやポール・ボウルズさんのきつい小説をまとめて読んだり、津島佑子さんや亡くなった中上健次さんの未読の文庫や単行本をまとめ買いして読んだり、一昨年から去年にかけては太宰治さんの全集(ちくま文庫)全巻、そして武田泰淳さんの今ふつうに手に入る作品ほぼすべてでは飽きたらず、図書館で検索して何点か借りて読んだりした。
今回は、アメリカ在住のアラブ・パレスチナ人であるエドワード・W・サイードさんの『知識人とはなにか』(大橋洋一訳・平凡社)を読んだのをきっかけに(それまでにも、2、3冊読んでいたのだけれど、ものによっては日本語になっていない翻訳なんかもあったりして、しばらく遠ざかっていたのだ)、少し世界が見えるような読書がしてみたいと思って読んだのが、やはりサイードさんの『パレスチナとは何か』(島弘之訳・岩波書店)、ソ連崩壊以降の世界の動向を分析した、港千尋さん・西谷修さん・鵜飼哲さん3氏による鼎談『原理主義とは何か』(河出書房新社)、同じく港さんがヨーロッパを旅しながら書きつづった『注視者の日記』(みすず書房)、パレスチナ問題を複雑にするユダヤ・ロビーなどを取材した土井敏邦さんの『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、そしてやっぱり読まないままじゃいけないんだろうなと思って読んだスペインの作家・ジャーナリスト、フアン・ゴイティソーロさんの『サラエヴォ・ノート』、『パレスチナ日記』(ともに山道佳子訳・みすず書房)、いまだに身を隠しながら作家活動を続けているサルマン・ラシュディさんの『悪魔の詩』(五十嵐一訳、プロモーションズ・ジャンニ)、短編集『東と西』(寺門泰彦訳・平凡社)など。こうした読書からの連想で、チェチェンを舞台にした「コーカサスの虜」(セルゲイ・ボドロフ監督)、旧ユーゴを舞台にした「ブコバルに手紙は届かない」(ボーロ・ドラシュコヴィッチ監督)といった映画も、家人の春休みの里帰りを利用して見た。
こわれていく世界とこわれていく手前でふみこたえている世界に、誰でもが書店や映画館でふれることのできる範囲でふれながら、自分がこれからどうしていこうか、答えも出ないまま考える。詩を書いたりする。そうやって正気をささえているわけだが、結局、金のための生活に閉じこめられている自分に、何カ月かのきつさからの逃げ道を与えているだけなのかもしれない。
そんなことを思いつつ、この欄の前項で紹介した、ゲイ・リベレーション(同性愛者解放)のためのチーム、「すこたん企画」を扱ったテレビ・ドキュメンタリー番組を見ていたら、メンバーのやなせさんが、ゲイであることを伝えて受け入れてくれたお母さんやお姉さんは偉かったですねと言われると本当に腹がたつということを言っていた。ゲイであることを伝えられずに本当に苦しんできたのはゲイである自分なのだということを、あっさり見落としてしまう、わかったふうな異性愛者への怒りにふれて、他人のことをわかったなんて、つい思ってしまいがちだが、軽々しく言ってはいけないんだなと改めて思った。世界についてのささやかな知識にしても、そこにまだまだ「わからなさ」が口を開けているのだと胆に銘じてふれていくこと、わかっているふりして、わからないままにしてしまう世界がそれぞれの現実と格闘していることを、想像しつづけること。外国のことだけじゃなくて、ほんの身近な日本の社会もいろいろとほころびが見えてきた。そのことを考えることで、もう少し生きのびるとしよう。
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