2004.1
2004年1月
◯84/1の手帳から 吉本隆明、浅田彰、柄谷行人、三浦雅士、鮎川信夫……。読書傾向に時代の影。
◯94/1の手帳から 辞典2冊の仕事抱えて、年明けからフル回転。よくこれで翻訳とかもやっていたと思う。
「ぼくは何かを言おう/何かを言うにはどうしたらいいんだろう」(2004/1/2)
年の始めからちょっと重い話。去年の秋くらいから自分の中でいろいろなものが噛み合わなくなってきていた。その整理。
ひとつには会社の仕事の疲れがある。今、5年間で辞書を書籍版、CD-ROM版合わせて6点作るという大体の見通しの3年分を終えたところ。出版界は新刊があふれすぎて、一般書籍はかなり売れ行きがきびしくなっている、その中で定価もある程度高くつけることができ、部数も時間をかけて伸ばしていける辞書の仕事は、もっと速いサイクルで売れるものを出せと言うプレッシャーが強くなっている、それを実現していくための体制、企画を整理する時間もなく、ひたすらマラソンのように走っている。でも、まあそれは仕事だから、今回はあまりふれない。
気持ちのバランスが崩れたのは、どこかでこの世界の動きと自分の考えがずれてしまっているということを、心身で受け止めたせいかなと思う。この10年近く、たとえば海外の作家によって日本を舞台にして書かれた小説や、合州国に移民した作家らによる英語小説などを読んできた。特定の国の文学という枠に収まらないそうした作品の存在が、自分なりにこの国に閉じ込められないための一種の活性剤のようになってきたと思う。そしてその多くを生んできた合州国のリベラルな土壌に対する信頼を持ち続けてきたと言える。
だが、合州国のイラク侵攻以降、そうした信頼の対象と自分とがずれてきている。信頼すべき作家たち、たとえばアルンダティ・ロイさんやサルマン・ラシュディさんらはそれぞれの視点から発言を続け、特にロイさんはチョムスキーさんらと連携しながら、シンポジウムなどの活動を盛んに行っている。それに対して自分は同じ土俵にいないなと突然感じてしまった。たとえば、ある発言がその正当性ゆえに、時の体制とかけ離れていてもそれなりに評価され、受け止められる基盤が彼らにはある、こちらにはない、といったこと。現在の日本の中では、発言の正当性というものは初めから意識もされていないのではないかといったこと。ここまで読み続けてきた作家らとどこかで結びつく地点を持ちうるのではないかという期待が、ふと足元を見れば、全然違うんだと、言葉にしないまま愕然としてしまったとでも言える落ち込み。
自分の周りを見回して、日本人によって使われる日本語というのは、意味から遊離してしまっているのではないかという不安。会話にせよネットの掲示板にせよ、相手の言葉の中に知っている単語があれば、あ、それ、知ってるというようなつなぎ方で、とりあえず誰でも知っている、誰でも言いやすいことをえんえんとただ話している、何か批判されそうになると語気だけは強く相手の発言を封じる、何かを言い捨てて相手が悪いかのように会話を終えてしまう、そんな話し方が政治の言葉やマスコミ、広告、雑誌の言葉と相互に増幅しながら、誰も実質的なことは何も言わないうちに、何が正当なのかなど問われないうちに、権力や経済のシステムにそって状況がどんどん推移していってしまうというところまで来てしまってしるんじゃないかという不安。
自分を取り囲む日本語、自分の中に巣食っている日本語と意味の関係を見直せればと思う。とりあえず年末年始は、小林信彦さんの『小林信彦60年代日記』(白夜書房)といった著作を通して近過去を見直したりしています。
「コマーシャリズムの果てに」(2004/1/9)
前回の続きのような文章です。前回、「ある発言がその正当性ゆえに、時の体制とかけ離れていてもそれなりに評価され、受け止められる基盤が彼ら(合州国)にはある、こちら(日本)にはない」と書いたんですが、その後、枝川公一さんのホームページで『私たちはなぜアメリカ人なのか』(ゆまに書房)という本の存在を知って買ってきたんです。この本は合州国の国務省国際情報プログラム局というところが海外広報として2002年に編集発行した冊子の翻訳で、フーリア・アルヴァレスさん(今まで私は「ジュリア」と英語読みしていました)、リチャード・フォードさんといった、合州国の作家や詩人15人に、合州国で作家や詩人であることはどういうことか、というテーマで依頼したエッセイをまとめたもの。移民ないしは2世とか、有色人種を中心にした人選がなされていて、少し読んだ範囲では、みんな白人から受けた差別とか、自分のアイデンティティの葛藤とか、率直に書いていて面白い。本文はインターネット上ではこちらで全文無料で読めます。
これは日本で言えば、在日、アイヌ、沖縄の作家や詩人、日本語で執筆している欧米出自の作家や詩人を中心に集めて、外務省が海外に向けて出版するようなもので、とても実現するとは思えない(日本政府がやるとすれば、大岡信さんを座長にして、日本語と外国語による連歌集を助成するくらいがせいぜいか)。合州国にしてみれば、国内の民族・宗教による対立を憂慮するという姿勢を海外に向けて示すというテーマがあるのでしょうが、ブッシュ政権の中枢からこうした本が出版される合州国の底力に、救いとともに、うらやまさを感じました。
さて、日本を顧みると、今は「新撰組」ですか、一色というほどではないにしても、なんて考えているうちにはたと思ったことがあります。「新撰組」の脚本家には何のうらみもないけれど、昨年彼がNHKのドラマ・スペシャルといった企画で、他の大物作家2人と、連作ドラマ・シリーズを作るということがあって、彼の回を「ああ、これね」と思いつつ見ていたのだけれど、つまらなくて途中で辞めてしまった。見ていて、こういうテーマでこういうキャストでという「企画」品のような気がしてしまって(作りたくて作っているという感じを全然受けなかった)。ところで、「ああ、これね」と思ったのは、こういうドラマが作られるということはずっと前からこちらは知っているわけです。脚本家本人が新聞に連載を持っていて、そこで連作するほかの脚本家とどういう順番で回を担当するかを決めた、とか、例の「新撰組」の俳優たちが現場ではこんなに楽しそうでといったエピソードを、毎回露骨な宣伝というわけでもなく、「うける」話として書いているんですね。要するに、何かを見る前にこちらは裏情報漬けになっているというわけ。
そんなことから連想して回りを見ると、様々な表現が今は広告化しているのではといった日本の状況を感じます。新聞には多数の芸能人がコメンテイターとして登場し、人生論などを語っています。これってタレントの広告じゃないの? そう言えばあの硬派だった「アサヒグラフ」も横文字名前のジャニーズ系タレント誌になって、結局休刊になったな、とか。週刊誌にかぎらず、文芸出版も作者をタレント化していく、あるいはタレントを作者にしていくことに存続する回路を見つけようとしているなとか、テレビのトークショーなんか、ほとんどタレントの宣伝だなとか。メディアが、タレントが、お互いにお互いを広告するとでもいった現象が、今に始まったことではないとしても、今さらに広く浸透しているんじゃないか(うまく言えないけれど)と感じます。
こんなことは、日常当たり前で、作り手も受け手も、その方が面白いし、普通のことじゃないかと、思われる日本人がすごく多いと思います。でも、そう思うのはあまりに取り込まれてしまっているからで、本当は、それを越えていく表現が必要なんじゃないか。先の『私たちはなぜアメリカ人なのか』じゃないですが、表現というものは、それに触れる者に変化を与える、たとえば閉塞感に風穴を開けるとか、社会そのものを変えていくとか。あまりに大時代的と言われるかもしれませんが、それが基本だと思うのです。
確かにたとえば本を売るにも宣伝が必要ですし、作者が有名であれば売りやすいでしょう。しかし、今の出版物の宣伝を見ていて、広告されている、その実質は何なのか、多くは、この厳しい時代に直面せずに時間をやり過ごすための「気分」のようなものにすぎないのではないかと思ったりするのです。
「日記の断片から--『岸信介』を読んで」(2004/1/24)
今年の最初から日記をつけています。3週間ちょっとで、すでに自分の生活が仕事と読書ばかりの単調なことに自分であきれていたりしますが、日記はウェブ上からは月単位くらいで消すつもりなので、自分なりに残しておこうかなと思う部分をここにまとめ直しておきます。
------------------
ひょんなことから原彬久さんの『岸信介』(岩波新書)を読む。長州閥の一族の期待をかけて育てられたエリート意識に、北一輝さんらの国家社会主義の考えがブレンドしていく思想形成。自分がこの国を仕切るという、強い親分意識。満州で軍や大企業や裏社会(アヘン取引?)との人脈・金脈を築き上げ、後、戦犯となるも「清新な政治を」と言って返り咲き(反共要員として釈放された?)、60年安保を断行した「昭和の妖怪」。
60年安保で表舞台からは身を引くものの、87年にこの世を去るまで、自民党政治に与えた影響は計り知れないと言われる。この本に登場する政治家の名前を見ながら思うのは、たとえば岸の孫が自民党の安倍現幹事長、岸の手勢だった小泉純也(60年代に防衛庁長官)の息子が現首相、岸とある意味でしのぎをけずった吉田茂の孫が麻生太郎現総務大臣(特技は射撃、「大好きな漫画のほかには、頭の中に何もない」と言われた男)、吉田に拮抗するために岸がかついだ鳩山一郎の孫が今の鳩山由紀夫・邦夫兄弟、岸内閣に閣僚として拾われた福田赳夫(後に首相)の息子が福田康夫現官房長官。岸と自民党内で対立した河野一郎(洋平の父)系、三木武夫系のその後の伸び悩み、凋落。そして50年代にすでに岸が一区一人の小選挙区制の導入(個人よりも政党が優先する政治を作る)、憲法改正(それは合州国と相互防衛という、独立国として対等の立場に立った条約を結べるだけの、公然の戦力を持つようにするという発想からだと、原さんは分析する)を画策していたことを考え合わせると何も変わってないじゃないかということ。そして、岸の社会党を切り崩して2大政党制にするというもくろみは、結局自民党対社会党という55年体制につながっていくが、今に至り、どっちを選んでも大差のない自民党対前述の鳩山民主党という「2大政党制」が実現してしまったことも、怖ろしくなる符合だ。(以上敬称略)。
日本の政党なんて結局、派閥の離合集散で、公約とかマニフェストなんて、一時的な広告コピーの違い(化粧品をそれぞれの会社が宣伝文句をつけて売るようなもの?)に過ぎず、税金も相変わらず使い放題だ。この国民無視の体制の中で何を言うのか。言いやすいことを言いやすい場所でちょろちょろ言っていればいいのか。自分としては、よほど距離をおかなければ、ただの「登場人物」として、何か言っているような気持ちにさせられてお終いだという危惧を持つ。
[ジャーナル目次]
[このまま読み続ける]
[トップ・ページ]
[リンク]
[ライブラリー]