2003.9



2003年9月
◯83/9の手帳から ミニコミや新聞作り、部数は少なくても社会とつながっている手ごたえがあった。
◯93/9の手帳から 津野海太郎さんの『本とコンピューター』を、「へえ」「へえ」言いながら読んでいる。パソコンは会社にまだ1,2台。

「書評再録−−ポール・オースター『リヴァイアサン』」(2003/9/15)

 書評のメルマガに発表したポール・オースターさんの小説『リヴァイアサン』(翻訳は新潮文庫、原著1992)の感想を以下に再録します。

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−−最近、身近にオースターさん再評価の機運が見られますね。
−−というか、岡崎武志さんが面白い面白いと言って古本買いまくっているのが印象に強いだけで、オースター人気は翻訳の柴田元幸さん人気と連動してずっと安定しているんじゃないですか。
−−そういうあなたにとっては?
−−じつは『幽霊たち』(原著1986年)をペンギン版で読んで「フランス入ってるな」「ジョルジュ・ペレックさんの『眠る男』--晶文社--みたいじゃん」とか思って以来、彼が脚本や監督を担当した映画「スモーク」「ブルー・イン・ザ・フェイス」はいいな、下町の会話とか書かせるとうまいじゃんとか思ったことはあるものの、小説はひとつも読んでなかったんです。たまたま、最近日に日に古書店化しつつある神保町の老舗洋書店のK沢に行ったら、しゃれた装丁のペーパーバック(faber and faber版、原著1992年)が目に飛び込んできたんで読んでみようかなと。それと、何か爆死した男の話だとか裏表紙に書いてあったんで……。
−−一昨年このメルマガでふれた、エドワード・アビーさんの小説『爆破−−モンキーレンチギャング』(築地書館)も、環境破壊に反感を感じたグループが工事現場などを破壊しまくるという話でしたが……。
−−何か、爆破というのは気になるモチーフでね。

−−で、どうでした、10年ぶりのオースター本は?
−−いやあ、あんまり文章がうまいんであきれてしまいました。すごくシンプルでリズミカルで歯切れのいい文章なんです。たとえばサルマン・ラシュディさんとか、中南米出身の英語作家とかのうねるような文章に比べて特筆すべきくらい、ストーリー展開も含めてほとんど「話芸」ですね。
−−どんな話ですか?
−−ある日、1人の男が爆死する。こなごなになってしまった正体不明のその男が、同じ時期に作家として出発した親友ベンジャミン・サックスに違いないと「私」ピーター・エアロンは確信する。2人は40年代半ばの生まれで「私」はベトナム戦争に身体検査で引っ掛かって従軍せず、ベンは徴兵を拒否して投獄され、獄中で最初の小説を書いた体験を持つ。それぞれの離婚、女性遍歴などを経て、「私」が作家という仕事を軌道に乗せていく一方で、ベンは自分の自殺願望から立ち直るために第2作を書き始めるが、偶然から山中でディマジオという男を殺してしまう。ディマジオはアナキズムの研究者という自分のキャリアを捨てて、(おそらく)環境破壊者に対するテロを準備しているところだった(ちなみに彼はベトナム戦争に従軍したせいか、インテリである一方、自分に善意で話しかけた青年をいきなり撃ち殺すという残忍な面も持ち合わせている)。ディマジオの妻リリアンとの出会いなどを経て、ベンは自分もまた作家というキャリアを捨てて、合州国のあるシンボルを次々に爆破する旅に出る……。
−−書くことにとどまるのか、行動に出るのか。
−−登場人物たちの世代が、80年代のレーガニズムの書くことや考えることと行動、世界への働きかけが完全に切り離されていく時代に対する失意にどう対応するのか、というテーマがそれぞれの生き方のずれの中に書き込まれています。一方で、物静かでタフで聡明なベンの妻ファニー、直感的に行動するアーティストのマリア、マリアの幼なじみで元売春婦にしてディマジオの妻リリアンなど、女性たちがからむエピソードはそれぞれに舌を巻くほどうまいんだけれど、時代の流れとはそれほど密接でないものとして描かれています。特に「私」の2人目の妻イリスは、作者の奥さんを連想させるんですが、ほとんど聖女という感じで登場して、それ以降はほとんど場面の説明にしか出てこない(笑)。
−−フラワーチルドレン世代の作者を含む文系の男たちの人生論ともとれますね。
−−ベンやディマジオが「行動を」と焦る一方で、「私」は山荘で創作に没頭する。「私」にベンとの物語をこの『リヴァイアサン』という本(元々はベンの未完の2作目のタイトル。聖書に登場する巨大な海獣の名前で「専制国家」という比喩的な意味を持つ)にまとめさせたのはベンとの友情です。
−−でも、ベンの行動の記述を通して、連続爆破犯となった彼の「目覚めよ、アメリカ」自分の自由、理想という教義を実践せよというメッセージを書き込んでいるのも「私」であり作者ですね。

−−作者の美学の限界内で、合州国観、世界観を打ち出した作品ということでしょうか。書くことが世界を変えることはない、書くことの価値は言葉と想像力の問題であると抑制しながらも、メッセージは伝わってくる。合州国インテリがすでに92年に放っていたものを、今ようやくキャッチすることができました。ソローさん(『ウォルデン』ほか)の「市民的不服従」という考えも、ベンのひとつの理想像だという記述を通して久しぶりに思い出せたしね。


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