2002.9



2002年9月
◯82/9の手帳から 会社の若い連中で台風の中を伊豆へ(列車も宿も予約していたので)。料理はおいしかったが、崖くずれがこわかった。
◯92/9の手帳から ハードワークだった辞典責了。すごいものもらいになって覇気なし。医者が悪かったのか、切らずに何か月も薬を塗りに通わされ、結局跡が残った。

「書評再録−−イザベル・アジェンデ『パウラ』」(2002/9/12)

 書評のメルマガに発表したイザベル・アジェンデさんの『パウラ』の感想を以下に再録します。

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−−イザベル・アジェンデさんは、CIAと連携した軍事勢力によってつぶされた、チリのアジェンデ大統領の姪(正確には実父が従兄弟)ですね。
−−ええ、でもこんな話をしても通じるかどうか。先日も某ちくま新書を読んでいたら、大学の先生が「チリのアジェンデ軍事政権からの亡命を余儀なくされたヴァレラ」なんて書いていて、目が点になりました(ピノチェトでしょ。編集者もガルシア=マルケスさんの『戒厳令下チリ潜入記』--岩波新書--くらい読んでいれば)。
−−ま、筑摩さんも生き残りをかけて「時代のニーズ」に合った企画を大切にしてるみたいですから。
−−新書だ学芸文庫だと頑張ってたIさんも辞めたそうですね。ま、よその社の心配してる暇ないですが。

−−で、イザベルさんですが。
−−じつは私もこの他には『エバ・ルーナ』(訳は国書刊行会から)しか読んでいない。でも『エバ・ルーナ』1作で、天性の語りのマジックを身につけた天才だと確信しました。
−−だったら、なぜ全作追いかけないんですか。
−−すごく濃いんですよ、物語が。作家になるために生まれたとしか思えないくらい。そういう人っているじゃないですか、サルマン・ラシュディさんとかレイナルド・アレナスさんとか、1作読むとその重厚さに打たれるんだけど、次の1冊を読むまではちょっと間を置きたくなるという。
−−すべてを経済原則で執筆・販売・何トカ賞という長くて1年サイクルで回しているヤマトの作家からはなかなか出てこないタイプですかね。
−−いても暑苦しがられて受け止められないしね。

−−『パウラ』 はどんな話ですか(翻訳は管啓次郎訳『パウラ、水泡なすもろき命』 国書刊行会。私の読んだのは、ハーパーペレニアル社刊の、スペイン語からの英訳ペーパーバック。原著1994年刊行)。
−−ポルフィリン症という病気によって昏睡状態に陥った長女パウラに向かって、すでに作家として名を馳せているイザベルさんが、今まで誰にも話したことのないような自分の過去、一族や祖国チリの歴史を、物語るように綴っていくという趣向です。
 バスクから移民してきた先祖、超能力を持っていたイザベルさんの祖母、羊を育てる仕事をし、彼女にパタゴニアの壮絶な風景を見せてくれた一徹者の祖父、ちょっとエキセントリックな外交官で同性愛の現場を人に見られて家族を捨て蒸発した実父、美しい母親に忠誠を誓い自分の妻子を捨てた、後に在アルゼンチン大使になった内縁の父(?)ラモンのイザベルさんへの愛情深さ、彼女への徹底したディベート教育。彼の蔵書の『千一夜物語』を留守中に盗み読んだり、はげしい悪戯好きのおじたちに鍛えられたり(アルコールを満たした便器の上に逆さ吊りにされて火をつけるぞと脅されるとか)、人気のない海岸で漁師に「お触り」されちゃったりといった、ここまで来たら作家になるしかないとでも言うかのような少女時代を経て結婚、パウラと男子を生むが家庭にこもることなく、男根社会のチリで60年代のヒッピー、フェミニズムの流れを汲んだ女性ジャーナリストの走りとして活躍する。そうした語りと、なかなか好転しないパウラの病状の記述が交互に展開します。

−−元々ご本人は政治にはそれほど関心がなく、車に花の絵を描いたり、芝居を書いて成功したり、芝居の勉強になると思ってオーディションを受けたらストリップさせられそうになって本番直前に逃げ出したり(でもテレビに写されてばれてしまったり)、外交官としても活躍した詩人ネルーダさんにインタビューしようとして、きみの記事は作り事が多いからジャーナリストはやめて作家になれなんて焚きつけられたり、60年代から70年代にかけて「あの時代の青春」(ちなみに生まれは42年)を謳歌していたようですね。
−−そうした彼女の成長と並行してアジェンデ政権が発足(70年)、合州国と連携した右派の巻き返し、軍や警察や社会の末端まで巻き込んだあらゆる妨害(ストに参加したトラック運転手には合州国が金を出すとか生活必需品を隠匿して庶民の不満を募らせるとか)、結局73年にはアジェンデ大統領はクーデターで殺されてしまいます(爆撃や銃撃に追い詰められた上での自死というのが一つのオフィシャルな見解)。
−−イザベルさんはその後、独裁下での弾圧に苦しむ人々への救援活動に身を投じていきますが、子どもたちへも脅迫や嫌がらせが迫ってきたことからベネズエラへ亡命し、そこで作家として出発します。その話と平行して、イザベルさんが離婚後に一夜の恋で結ばれた現在の夫と住むサンフランシスコの自宅へ、パウラを「空輸」して引き取り、信頼できる医師とあと3ヵ月いろいろな療法に挑戦して、それでもパウラが意識を取り戻さなければあきらめようと約束する話が語られます。その後は読んでもらうしかないですが……。
−−恋の話も多いし、政治的な話も否応なく出てくる、その一方でイザベルさんの、死んだ人々の霊に見守られたり、物語を作り上げるのではなくて物語が媒介としての自分を呼ぶのだといった神秘的な感覚が、どんな苦境にあってもユーモアを失わない力強さとともに、作品を硬直させずに息づかせています。いまや「世界」「外国」はハリー・ポッターと「テロ」問題だけかと思っているかのような、この国の読者に、イザベルさんの語りに耳をすませてほしいですね。



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