2002.2



2002年2月
◯82/2の手帳から 売れない英語教育誌の6月号の目次案作り。黒テントがまだ元気で、宮澤賢治さんの作品を舞台化したのを、アトリエまで行って見ている。
◯92/2の手帳から 子どもを親に任せて、夫婦で映画「シコふんじゃった」を見に行ったりしている。そのほかビデオで「都会のアリス」「野性の少年」など。

「アマチュア雑談」(2002/2/6)

−−いやあ、早いものでもう2月ですね。
−−でもそう思う一方で、体感としては正月はずいぶん前というか、まあ、来年になったらなったで、つい昨日のことのように思えたりするんですけどね。
−−調子はどうですか?
−−仕事のあれやこれやで結構まいりました。1年近くかけてやっと終わりそうになった大仕事が営業面で、どういう名前、形でまとめるかについて、会社の上の方で意見が分かれてしまって、年末年始かれこれ2ヶ月近くアップできない状態になって、それまでずっと張りつめてきた緊張感が空回りして。
−−でも、何と言っても会社ですからね。
−−そう思って別の作業に没頭するしかないわけですが、会社なんだから仕方ないと割り切ってしまうというのも、どこか自分を退廃させてしまうみたいで、いい気分じゃないです。
−−でもそういう割り切り方って、今ではかなり普通のことになっているんじゃないですかね?
−−どうなんでしょう? 仕事の空間にかなりプライベートな要素が持ち込まれるようになったなという実感はありますし、個々人の仕事との関わり方というのも変化してきたとは思いますが、他人から見て「こうだ」というのは難しいですね。
 ただ今までは自分の感覚として、もちろん「会社員」ではあるんだけど、編集者という「職業」についている自分という感じがあったんですが、最近は「会社という空間で浮遊している自分」みたいなものを強く感じますね。そして、周りを見ても、会社、学校、役所とか、そういう「組織」に囲まれてしまっているというか、そういう空間で、自分なりにこう考えてこうやっていこうとか、すればするほど、さらに取り込まれてしまう、だから何かあるとすごく傷ついたり、逆に変なプライドや権力意識を持ってしまったりする。
 そう考えていくと、仕事の場所にまるで自分の部屋にでもいるかのように、プライベートな感情や行動を持ち込んでいくというのは、とくに若い人なんかだと70何年生まれとかになってしまってるんですが、そういう形で組織というものへの距離感の置き方を身につけているのは当然なのかもしれないんですね。
 で、今までだと、それでは公共的なものに対する考えが衰える一方じゃないか、たとえば好戦的な雰囲気が立ちこめている世界に対決する言葉が出てこないじゃないかという批判が簡単に口をついたりしていたんですが、逆に「グローバル化」とかいって、世界を組織漬けにしていこうという動きに対して、「プライベートな距離感」を持つというのはひとつの行き方かなとも思えるんです。逆説的な言い方かもしれませんが。

−−世界が組織漬けになっていく過程で、倒産やリストラによる失業が増えたり、国家も戦争、安全保障やナショナリズムといった観点で求心力を得ようとしながら、さまざまな事業を抱えきれずに民間化しようとしていますね。
−−教育基本法を書き換えて、日本の「伝統」を学校で刷り込めるようにしようとかね。そういう動きは嫌だなあと思うけれど、よく見ると国家がすごくあがいているわけだよね。国歌国旗とか、ちょこちょこいじりまわすんだけど、明治政府の教育勅語、軍人勅諭といった、天皇が語ったというスタイルの言葉を国民に暗唱させて刷り込んでいくといったグランドデザインはもうどんな政治家も持っていないわけだし。求心力を求めてあがきながらサービス部門を削っていく自分にはできないことをやっているNGO、NPOをいじめるとかね。だから、国家という存在はどんどん不安定になってきているんだと思う。だいたい、これだけばらばらな志向を持ってしまった「国民」をたばねるなんて至難の技ですよ。都知事とか辞めさせられた外相とかが個別的に、その芸能性で多少の人気を持つことができたとしてもね。
−−急に大きな話になってきましたが、そのあがきが復古的なものにかぎらず、経済政策などでいろいろな施策となって出てくるんでしょうが、それがうまくいかなければいかないで、個々人が生きていくのはしんどくなるでしょうね。
−−組織システムのなかで暮らしながら、組織がこわれていくのを見ているとでもいうようなね。そこで正気で生きていくには、やはりそれなりの距離感と、見続けて生きていこうという知性が必要かなとつくづく思います。

−−何かよく分からないところもありますが、続きはまた、ということにしましょうか。

「ようこそ、本ばっかの世界へ--1-2月編」(2002/2/20)

 去年の暮れに、もうこういう企画はやめようと思ったのですが、ほかにすぐ書いてアップできる話題もないし、こういうのを面白がる人もいるかもしれないと思って、また、どこで何を買って読んだか、とりあえず隔月目安でまとめてみることにしました。

1月

エドワード・W・サイード『オリエンタリズム 下』(平凡社ライブラリー)神保町・日本特価書籍
小池昌代『雨男、山男、豆をひく男』(新潮社)神保町・東京堂書店
イマニュエル・ウォーラーステイン編『転移する時代--世界システムの軌道 1945-2025』(藤原書店)以前より所有
川北稔編『ウォーラーステイン』(講談社選書メチエ)新宿・紀伊國屋書店
ノーム・チョムスキー『9.11--アメリカに報復する資格はない!』(文藝春秋)神保町・東京堂書店
金城一紀『GO』(講談社)江東区立図書館
金石範・金時鐘『なぜ書きつづけてきたか なぜ沈黙してきたか--済州島四・三事件の記憶と文学』(平凡社)江東区立図書館
ミシェル・フーコー『性の歴史I 知への意志』(新潮社)以前より所有
原武史『大正天皇』(朝日選書)神保町・日本特価書籍
市野川容孝『身体/生命』(岩波書店)以前より所有。再読
ロバート・ウェストール『弟の戦争』(徳間書店)江東区立図書館
ミシェル・フーコー・渡辺守章『哲学の舞台』(朝日出版社)以前より所有。再読
網野善彦・宮田登『歴史の中で語られてこなかったこと--おんな・こども・老人からの「日本史」』(洋泉社新書y)神保町・書泉グランデ
中村雄二郎・姜尚中(カン・サンジュン)『文化』(岩波書店)神保町・岩波ブックセンター
中山元編訳『発言--米同時多発テロと23人の思想家たち』(朝日出版社)会社に転がっていた
鶴見俊輔編『日本人のこころII--新しく芽ばえるものを期待して』(岩波書店)江東区立図書館
グレアム・ソールズベリー『その時ぼくはパールハーバーにいた』(徳間書店)江東区立図書館

2月

姜尚中『オリエンタリズムの彼方へ--近代文化批判』(岩波書店)神保町・岩波ブックセンター
西成彦『森のゲリラ 宮沢賢治』(岩波書店)以前より所有。再読
綿矢りさ『インストール』(河出書房新社)江東区立図書館
姜尚中『ナショナリズム』(岩波書店)神保町・岩波ブックセンター
ロバート・ウェストール『かかし』(福武書店)江東区立図書館
スーザン・ソンタグ『この時代に想う テロへの眼差し』(NTT出版)池袋・リブロ
『落穂拾い』同映画パンフレット・神保町・岩波ホール
アルンダティ・ロイ『わたしの愛したインド』(築地書館)江東区立図書館

−−これがとりあえず読み終わった本ですか。何かずらずら並んでますが、あなた、ほんとに勤め人なんですか。
−−まあまあ、勤め人なんですが、一人でいる時間が会社でも家でも多いということで、こつこつ本を探して読んでいればこんなものじゃないですか。
−−でも偉そうなラインアップですよね。
−−そんなこともないでしょう。世間の本好きがすごいすごいと言っているのを、今まで読めなかったんだよねと、素直に読んでるだけです。とりあえず、暮れから、サイードさん、フーコーさん、ウォーラーステインさんという、古典化しつつある大家の懸案の積ン読本をなんとか読んで、それらの参考書も読んだというのが中心なわけです。市野川さんの本もフーコーさんの『知への意志』を実証的に裏付けながら生命観の変遷を紐といている本ですし(再読してやっと中味が見えてきました)、在日の政治学者である姜尚中さんの存在もつい最近知ったわけで、フーコーさんやサイードさんの応用として全部わかったとはもちろん言えませんが勉強になりました。

−−でも、なんか楽しげなラインアップではないですよね。
−−うーん、去年の9月の合州国での同時匿名攻撃以来、なんとなくうかれてもいられない感じがしてることは確かです。この手の本を読むつもりはなかったんですが、チョムスキーさんやソンタグさんほかの発言集も、とりあえずこれくらいは押さえておきたいと思って読んでしまいました。
−−ソンタグさんは相変わらず歯切れがいいですよね。報復されるおそれのないはるか上空からコンピュータ制御された爆弾を落とすのと、飛行機をハイジャックしてビルに激突するのとどっちが「臆病」「卑劣」かと呼びかけ、そしてみんなが同じ見解に固まるのは民主主義の退廃だと。
−−この関連では、パレスティナ人で合州国で学者となった、サイードさんの『戦争とプロパガンダ』(みすず書房)を読んだら、ひと区切りにして、ゆっくり考えてみたいです。それと、たまたま今、ジョン・W・ダワーさんの『容赦なき戦争--太平洋戦争における人種差別』(平凡社ライブラリー)を読んでいるのですが、戦時の合州国の日本への侮蔑、日本の合州国への侮蔑は、今のテロリスト云々の比ではないですね。完全にお互いに人間ではないと言い合っている。で、そのことをお互いに忘れたふりをしているか、忘れてしまっている。「悪の枢軸」なんてアホな大統領の発言を前に、旧枢軸として恥じ入りもしなければ、止めだてもしない日本とはいったい何なんでしょう。元外相なんて、あの訴えられた野球監督のおかみさんとほとんど同じレベルなのに、そんな彼女の発言に振り回されている国家、その居直りを喜んでいる野党っていったい……。

−−ウェストールさんやソールズベリーさんはヤングアダルト作家と言われてますが、彼らの作品も戦争の色が濃いですね。『その時ぼくはパールハーバーにいた』は文字通り、日米開戦時の日系の少年を主人公にした小説ですし。
−−『弟の戦争』は湾岸戦争を素材にしたもので、「書評のメルマガ」に感想を書いて送ったので、この欄でも来月載せます。金石範さんと金時鐘さんの対談本や在日の若手作家金城一紀さんの小説も、結局日本が歴史に残した傷をトレースしなおしているわけですね。
−−そう考えると、『インストール』はいかにも今の日本が喜びそうな、登校拒否の高校生の女の子がコンピュータにくわしい小学生の男の子と組んで、ネット・テレクラをやるという、それだけのなんか情けない小説ですね。
−−いや、情けないのはこういうのをもてはやす、そしてこれ以上の作品を書けない大人たちでしょう。賞を与えあって、世界基準で自分たちを反省できない表現者というのは、結局税金を分けあって遊んでいる議員・官僚と同質じゃないですか。

−−そういうことをいうと文学関係者は嫌がるでしょうね。それはともかく、相変わらず図書館を利用していますね。
−−江東区の図書館では区内の在庫を検索して取り寄せることができるので重宝しています。ただでさえ、家人にこれ以上本を増やすな、買うならほかの本を捨てろと言われているくらいですから。
−−でも、江東区は司書を全員図書館から移動させ、バイトは全員クビにして、図書館の運営を外注化するんですよね。
−−学校給食の外注化のように目立たないところから切り捨てていこうってわけですね。さっきも会社のテレビで小泉が日産車に乗ってゴーンをほめている、といったニュース画面を見ましたが(音は聞こえなかったので趣旨はよくわかりませんでしたが)、大勢の人々を辞めさせて会社を再建した人物をヒーロー扱いするのが病気だと思えないような感性が広がっているのは本当に嫌だなあ。聞こえてねえだろうなあ、区長の室橋。
−−実名が出始めたところで、お開きにしましょう。


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