2001.7



2001年7月
◯81/7の手帳から 横浜の中華街に初めて行く。聡明で美人で緊張感をもって生きている女性に誘われて。
◯91/7の手帳から 辞書の「電子ブック」(仕様を統一したCD-ROMシリーズ)化の作業に入る。電子出版に本格的に取り組むのは初めてで、チェック用のプリントアウトが段ボール箱で届いたのにびっくり。

「カリブの熱い風」(2001/7/1)

 前回にふれたエドウィージ・ダンティカさんの『骨の栽培』がその人の名前を謝辞のページにあげていたので、以前からちょっと気になっていたジュリア・アルヴァレズさんの『蝶たちの時代に』(In the Time of the Butterflies, 1994)を読んでみた。先に紹介したように、『骨の栽培』は戦前のドミニカ共和国で殺害・迫害された隣国ハイチの人々の運命をハイチ出身で今は合州国で作家となったダンティカさんが小説化したものだったが、この『蝶たちの時代に』は現代にまで至る同じ時代をドミニカの人々の目から書いた小説だ。

 ドミニカ共和国ではトルヒーヨによる独裁政権が1930年から30年余にわたって続いた(61年に部下によって暗殺)。彼の政敵、政治活動家への迫害はすさまじく、先の37年のハイチから来た労働者への迫害もその一端だが、アルヴァレズさんの父親も地下活動家で目前に迫った検挙から一家で逃れるように60年に合州国に渡ったという。物語は、この地下活動において神話的存在となった、ミラバル姉妹の少女期から60年に虐殺されるまでの実話を取材に基づいて想像力を駆使してフィクションとしてまとめたもの(以下、人名の読みはスペイン語の知識がないので暫定的なものです)。

 パトリア、ミネルヴァ、マリア・テレサ、そしてデデの4姉妹は、学はないが勤勉で裕福になった両親のもと、祖国の現実に対し、何の疑問も持たずに育っていたが、まずミネルヴァが長じて入った寄宿学校で矛盾にぶつかっていく。トルヒーヨに反抗したため、叔父たち、父、兄弟ら一族の男たち全員が殺されたという同級生シニータとの出会い、彼女らと作って演じた朗唱劇がトルヒーヨの前で演じられることになった際にシニータがトルヒーヨに矢を向けて取り押さえられるといった一幕(「お前の名前は?」「自由」「本当の名前は?」「ペローゾ(シニータの姓)」)、また美人の同級生がトルヒーヨにみそめられて何人もの愛人の1人にさせられて学校を去っていくエピソードなどなど。そして寄宿学校を卒業したミネルヴァ自身が、その美しさを聞きつけたトルヒーヨの舞踏パーティに招かれて、無理やりせまってきたトルヒーヨを殴ってしまったことで、父親が投獄されてしまう。そうした体験を経て活動家になっていくミネルヴァ(「蝶」は活動家としての彼女のコードネーム)、姉を手伝ううちにスリルにひかれて活動に入っていくマリア・テレサ、平凡で敬虔な主婦で終わるはずだったのに、幼い少年を含む活動家たちに対する残酷な山狩りを目にして立ち上がるパトリアたちは、小心で彼女らの背後で支援しながら最後に1人生き残ることになるデデを残して、それぞれの夫たちを巻き込みながら、投獄されても恩赦を拒否するなど、果敢な抵抗を続けていくのだった。そして……。

 物語は、無味乾燥な評伝に陥ることを避けた作家の想像力によって、彼女らの情愛のこまやかさ、女性らしいディテイルを書き込んで膨らみのある豊かな作品になっているが、現実の歴史のほうはどうなったかというと、まず姉妹たちは米州機構によるドミニカへの人権侵害の告発によって、獄中の女性政治犯の釈放というかたちで解放されるのだが、彼女たちはまだ獄中にいる夫たちの面会に行った帰りに闇討ちにあって殺されてしまう。その後、ちょっと間違ってたら教えてほしいが、私なりにまとめると、米州機構は、活動家たちが政権を握って59年のキューバ革命のように赤化することを怖れ支援の矛先を変える。おそらくその関係でトルヒーヨが61年に暗殺され、投獄されていた男たちが解放されたあと、ドミニカは内戦状態に陥り、一時は英雄扱いされたミネルヴァの夫は再び地下に潜った末に殺される。さまざまな合州国のテコ入れによってドミニカは合州国民の観光地、国を追われた独裁者の亡命する中南米の保守派の拠点となるが、なお多くの人々は貧しさに苦しんでいる。

 ダンティカさんのハイチも50年代からつい最近に至るまでデュバリエ父子の恐怖独裁政治が続き、国としては合州国と緊密な関係にありながら、合州国へ脱出する人々が後を絶たない。極端に言ってしまえばカリブの元植民地国に通じる傾向として(日本支配に苦しんだ韓国にも共通するところがあるが)、独立(マルチニックのようにいまだに仏領というケースもあるが)、そして独裁を始めとする不安定な政権、合州国の経済を始めとする実質的な支配と人々の抜け出しようのない抑圧の持続、そして合州国への合法・非合法の移民という現状があるようだ。そこで英語を学んだ人々が、今、英語圏(多くの移民を含めて)に向けて熱いメッセージを送っているのだと言えよう。女性作家が目立つことも含め、これはボルヘスさんを始めとする、文学的な意匠のひねり(日本人好みの)によって人気を読んだ20年前のラテンアメリカ文学のブームとはいっしょにはできない傾向だと言えると思う。  


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