2001.6
2001年6月
◯81/6の手帳から 高校の検定英語教科書2冊抱えて土日含めて1日も休んでいない25歳。著者の旅館カンヅメなどもあり。それでいて状況劇場など見ている。
◯91/6の手帳から 社員旅行なれど、好きな街のひとつ、函館へ。尊敬するコスモポリタン(ヨーロッパ長期貧乏旅行を経てスペイン料理店店主)と10年ぶりに再会。
「異語のスリル」(2001/6/19)
このところ、と言っても1年近く、読む本が日本語と英語半々という日々が続いている。英語の本を読むと、編集が仕事のせいか、「この本を日本語に訳したらどうなるか」などと考える。外国語を辞書をひいたりしながら読んでいるから面白いのであって、日本語でさらさらと読んだら「まあ、こんなものかな」ですんでしまうだろう本もたまにある。日本の売れ筋の小説を妻が買ってきたり図書館で借りてきたりしたのを、夜、ベッドでぱらぱらと読んで「まあ、こんなものかな」と全部読まないでさよならしてしまうようなレベルということ。それでもけっこう読んでしまうのは、自分で勘を働かせて選んだ本だからということはもちろんだが、やはり日常語とは違う言葉を読んでいる面白さが手伝っているのだろう。そう、日本の詩を読みつづけてきたのも、そんな日常語とは切れた言葉と出会うスリルがあったからこそではなかったか、そしてあまり読まなくなったのは日常の延長のような言葉が作品自身の価値とは違う「仲良しグループ」「コネ・グループ」の力を借りて大手をふるってまかり通るようになったからではないのか……。
今回は最近読んだ2冊の合州国小説にふれておきたい。1冊はハイチ出身のエドウィージ・ダンティカさんの『骨の栽培』(The Farming of Bones, 1998)。ダンティカさんは、69年にハイチで生まれ家族で合州国に移り住んだ人、この作品はハイチと島を2分するドミニカとの間で1937年に起きた悲劇を小説化したものだ。両国は同じ島と言っても、ドミニカは元植民地としてスペイン系、ハイチはフランス系で、ドミニカの砂糖きび畑で出稼ぎするハイチ人たち(砂糖きびが骨のように見えるほどにその仕事がきつい、というのがタイトルの含みのひとつ)はドニミカ人に「パセリ(ドミニカでは「perejil」)」と言ってみろと言われ発音できないと暴力をふるわれるといった関係だ(戦前の朝鮮人に対する日本人と同じ)。それでも、労働力や金の必要から何とか両国の人々が共存していたところに、ドミニカの独裁者によってこのままでは国がハイチ人に乗っ取られる、彼らを駆逐せよという命令が下り、大規模なハイチ人狩りが始まる。鉈でのなぶり殺しや木から吊すといったリンチ、崖から整列させて飛び降りさせる、トラックで駆り集めて集団ごと射殺するといった虐殺、ハイチ人の牧師に対してはドミニカを賛美する台詞を拷問で叩きこむといった状況からからくも逃げのびた主人公の女性が、恋人も殺されたのに逃げのびた自分とは何なのか、と自分に問いながら生きていくという、歴史を軸にした物語だ。自分の生まれる前の隣国を舞台にした小説を発表するにあたって、ダンティカさんは、いろいろと調べた上で、作品上時間や場所をいじった部分はあるが、そのほかに具合が悪い部分があったら「自分の作家としての表現の自由の範囲とお許しいただきたい」と書いている。
こんなことにわざわざふれるのも前後して読んだゲイル・ツキヤマさんの『サムライの庭』(The Samurai's Garden, 1994) でちょっと引っかかってしまったからだ。ツキヤマさんは(念のため、以上2人とも女性です)、日系合州国人の父と中国人の母の元に生まれた人。代表作の『絹の女たち』(Women of the Silk, 1991) とその続編『糸で書いた言葉』(The Language of Threads, 1999) は、戦前戦中の中国を舞台に若い女性がたくましく生きのびていく小説だったが、この『サムライの庭』は日中戦争が激しくなる前の30年代に香港から神戸に結核の療養に訪れた青年が、寡黙な壮年の庭師、そして彼が慕い守っている、ライ病で山深くに暮らす女性と出会い、日本人が排外的になっていく時代にもかかわらず、心を通わせることで成長していくという筋立てになっている。で、その人間ドラマは先にふれた2作同様すばらしいのだが、ところどころ日本の文化や季節感の描写につまずいてしまった。いろいろとあってくさっている青年に10月なのに庭師が今日は泳がないのかと問いかけたり、葬式に和装の女性がベールをかぶってやってきたり、秋分の日に今日は秋の最初の日だと主人公に日記を書かせたり、時折挿入される日本語が辞典的でちょっと口語としては苦しいかと思わせられたり。ネットで発表されているツキヤマさんのインタビューやコメントをつなぎ合わせてみると、ツキヤマさんは母親の中国文化にはかなり通じているようだが、日本のことは自信がないとのことらしい。であればなおさら、ここまで物語を築きあげたのだから、発表前に日本人にチェックさせるべきだったのではないかと、ファンの私としては残念に思った(ちなみにこの作品は合州国ではかなり売れています)。似たような立場に幼くしてイギリスに家族で渡り、イギリスに帰化した作家カズオ・イシグロさんがいるが、彼の日本を舞台にした小説『女たちの遠い夏』(A Pale View of Hills, 1982)、『浮世の画家』(An Artist of the Floating World, 1986) は日本描写にほとんどズレを感じさせないものだった(両親がチェックしていたのではと思う)。
ダンティカさんに比べてツキヤマさんについてはちょっときつい書き方になってしまったが、時代や国境を越えて想像力を働かせていく、彼らの作品のありようは、言葉の本当の意味での「グローバル化」というものを含んでいる点で先駆的なのではないかと思う。こんなことを書いても、身の回りの流行の事象や書きやすい感情についてばかり読み書きしている人々には通じないかもしれないけれど、また書きます。
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