2000.9



2000年9月
◯80/9の手帳から 遅い夏休み。会社の同僚の函館の実家へ(当時はまだ連絡船)。2回目だったが、この街が好きになり、その後も2度行った。
◯90/9の手帳から 遅い夏休み。身重の妻と軽井沢へ。その他、映画「コックと泥棒、その妻と愛人」(ピーター・グリーナウェイ監督)など。

「朝、まだ涼しいうちに」(2000/9/16)

 もう9月も半ばだというのにこの蒸し暑さは何だろう。とくにこの夏は私自身がほとんど補給する暇がなかったせいか、会社の仕事の手が足りないせいか、それともただ年(44歳)のせいか、ばてる。毎日、小辞典の校正と刊行に向けての調整・段取りに追われ、家事の方は家人の具合がだいぶよくなってきたので分担はかなり減ってきたのだが、それでも週末ともなれば体全体がばりばりに固まってしまって、やるべきことだけやって、それ以上のことをする気力が出ない。

 三宅島の噴火、東海集中豪雨、少年法の改正、青少年ボランティアの義務づけ、オウム児童の就学受け入れ拒否問題、永住外国人の選挙権、日本は国連安保理の常任理事国になりたい、山崎拓氏の「国家への忠誠義務」発言、石原都知事の活動的な市民たちを人々は「冷笑している」発言など、考えるべきことが多くてあせるが気持ちが入らない。と言うか、日常的に会社や地域で暮らし、時間があればこのネット空間でさまざまな人の発言にふれるといったことを繰り返してきて、ちょっと方向を見失ったような気分でいるということが大きいのかもしれない。

 日常的な空間にせよ、ネット空間にせよ、人々の欲望の集積というところがあり、集積は集積なりに、さまざまな禁止や抑止が働いているわけだが、私が本を作ったり物を書いたりということをしているせいか、そこに向けて言葉を繰り出していくということがささやかでも実感できていないとファイトが萎えてしまうということがある。たとえば、日本にいて日本で出ている本を読む、という場合、外国で出た原書などの情報を得て、それを入手して読むというのとはちょっと違った、淘汰されきっていないさまざまな欲望と向き合ってしまうことが多い。作品を読んでいるのか、それともその作品にべったりと張り付いた作者のために奉仕的に読んでいるのかわからなくなることが少なくない。もちろん逆に生まれたての新鮮な表現に出会う可能性もあるわけで、最近では奥野雅子さんの書肆山田から出た詩集『日日は橙色の太陽に沿って』がよかった。ハッとするような無防備な心の表現が「形を付けてみました」というのではなく、ぎりぎりのところで作品になっているような。もう一度読んでみよう。

 どうにも整理がつかないので、継続的に考えるためにメモしておくと、日常的な空間においては、生活するためにさまざまな萎縮をさせられると同時に、市民や労働者としてではなく、消費者としてさまざまな表現を選んで、それぞれの気分を行使して「自分」というものを支えている、あるいは「自分というものがいる」ということを信じて疑わない。その一方で本を出すことやネット空間で表現することに関しては、その「自分」の出番だということで、さまざまな物の言い方を駆使することになる。そこには、何かが決定的に欠けている。どう言ったらいいのだろう。「あ、ビートルズ、いいよね。僕の詩もいいからみんな読んでよ」みたいな、消費者としてビートルズの作品の何でも手に入る、選んで買うことができることと、「僕ってすごいんだよ」というナルシズムが軽く同列に並んでしまうような感じ。そこに「ビートルズってほんとにすごくてさ、感動しちゃうよ、尊敬しちゃうよ、とてもかなわないよ」というワンステップが見事になくなっている、そんな「自分」の集合・集積。そこに向かって、「自分が自分が」という欲望を消して、届いていくような表現をと思う。そんなことを暑さのなかで考えている。

 さあ、幼稚園のお迎えにでも行くか。


「メモ−−ある詩集にそって」(2000/9/23)

 夏の疲れや仕事の緊張やらでだるさがたまっている。でも、そんな時にでも「彼」だったら痛みを抱えたまま散歩に出るのだろうなと思う。そして、たとえば公園の小さな日だまりにふと足をとめて憑かれたように見つめる。その時、痛みを抱えた「彼」にとって、自分がこの社会のどんな場所でどんな生き方をしている人間であるかといった人事はまったく関係がなくなっている。彼は見つめる。

 そこにはかたく打ち固められた
 淡い色の土の外なにもなく
 なじみの湧かないわたしの気持ちを整えるため
 中程に
 それは小さな土俵がめぐらされてあり
 ここでぶつかり
 たのしく組み合ってちからを較べ
 かおを合わせれば
 波のような髪の毛ごしに
 吹き飛ばされた骨が割れて日のなかを飛びながら
 ちかくの小石や真っ直ぐに尖った草の
 庭のあいだの物陰におちてかくれて行く
       (「庭」後半)

 この社会で生きるための、いやこの社会に「彼」をつなぎとめる「仕事」から解き放されている時、「彼」は「この」社会とまったく関わりがない。ただ、「彼」が見つめるものが「彼」を揺すり起こす時、「彼」の言葉が動き、「彼」は存在したことになる。引用した記述の発端は、ただ地面で光がちらついていたというだけのことかもしれない、あるいは鳥がたわむれていたのかもしれない。そこに「吹き飛ばされた骨が割れて」といった暴力を見てとるのは「なじみの湧かないわたしの気持ちを整えるため」であろう。

 わたしの眼の対象でないものはまことに柔らかく無邪気に見える
 これを見ることの代わりに
 あなたの名を明け渡すことがないようにと
       (「午後の光」より)

 わたしが見るとそこだけに拡がっていた
 意味のある地味な色の小石の集積はなぜなのか
 (中略)
 低い地の樹木はさらにかげをつくろうと
 集まった葉のかたちを変えていない
       (「明るい昼に家の戸は」より)

 「彼」を呼び止めない風景、社会、人事に関わること、関わったふりをすることは「名を明け渡す」ことでしかない。「彼」の歩行は意志を持った風景だけに呼び止められるように続いていく。「道に沿うと風にうごく苔色の水面に分かれ/ただよう一体の鴨のかけらがながれてくる/自然のなかで/もとのかたちをととのえるため/ひとつひとつが波の上に寄りあつまり/またその場所を変えてゆく」(「梢にて」)というように「なじみの湧かないわたしの気持ちを整えるため」に風景こそが意味を持つ。世界を「彼」は、「仮に小鳥の総数がひとりであるとすれば/それらはまるで離散した個人の着ぐるみのようで」(「異なる数の歌」)というように、離散した自分が風景のなかにばらばらになりながら存在している場所としか受け止められない。だから「彼」にとって世界は「しかし私以外にも/なぜこの世にはたくさんの人がいるのだろう」(「その段の近くで」)といぶかられる場所でしかない。

 草地にある
 たのしく手にふれた柵の下の
 見えない場所で草と複雑にからみ合い
 わたしはこの世の機会を
 柵のような両手で囲んでしまいたい
       (「片時の歌」より)

 この世界に迷い込んでしまった「彼」の思いがけず書きつけられる意志。「彼」は風景と時間のなかをさまよいながら、「彼」を呼び止めるものを見つめ、書き付け、この世界に「彼」の存在する場所を少しずつ広げては、束の間やすらぎ、また歩いていく。日付のない怖ろしい日記のように。

(注)引用はすべて江代充さんの『梢にて』(書肆山田)より。なお同詩集には「梢にて」「庭」というタイトルの詩が複数収められています。くわしくは同詩集をご覧ください。  


[ジャーナル目次]
[このまま読み続ける]
[トップ・ページ]
[リンク]
[ライブラリー]