2000.3



2000年3月
◯80/3の手帳から 堀江邦夫さんのルポルタージュ『原発ジプシー』、谷川俊太郎さんらによる非検定教科書『にほんご』などを読んでいた。世の中一歩も進んでいない?
◯90/3の手帳から 結婚。友人たちと浅草で、家族と新宿で食事会。もう10年たった。

「3月詩エトセトラ日記」(2000/3/1〜31)

 去年もこんなことやってましたが、考えがうまくまとまらないのでこのような形をとります。できるだけ毎日更新予定です。お急ぎの方もいるかと思って、新しい順にしています。

3/31(金) 奥さんとやっていた某合州国作家の短編集の粗訳あと原書数ページ分で終わり。出版は今のところ未定。その作家が好きだからというだけで始めたこと。
 昼休み、また詩をメモするが失敗。書き手の私に似ていて私でない少年「僕」を主人公に、近未来を生きる心の動きを追う、という大まかな枠組だが、その枠組に溺れることに要注意。
 明日は、老親の金婚祝いで、兄家族も含め総勢10名で熱海へ行く。

3/30(木) 昼休み、喫茶店でのメモ(/は改行)。
こわいくらいきみがきれいになっていく以外に/何も見えなくなっていく街で/僕はきみと会わないだろう/大切なものがもう始まらないなら/終わったものを見つめなおそう/遠くから見つめている目をさがすように/ここではもう何も始まらないと言う前に/もっともっと遠くから見つめてみよう/会えないきみを何度も好きになってしまう僕をころして/僕が思い出せない始まりにたどりつくために/どんどん僕が/誰からも見えなくなっていくこの街で
3/29(水) 少し眠れる。久しぶりに会社に遅れて行くことにして、30分ほどごろごろするけれど、子どもたちが騒いでいるので、楽になったという実感はほとんどない。
 疲れてしまえば見捨てられるだけだなと思いつつ、何とか昼も食べて1日を乗り切る。仕事だけの関係の場所で仕事だけが繰り返されると同時に、みんな「抜く」ことが自然のように上手になってきたと思う。「こんなところ、仕事以外何もないよね」と思っていた方が、仲良くなれて楽しかったりして(笑)。
 中原中也賞、荒川洋治さんが選考委員なのに、荒川さんの編集刊行した詩集が取ったということで一部で話題になっている。あってはならないことと思う一方で、委員が知り合いに詩の賞を与えるのは日常茶飯事だし(それ以外最初から読んでないという説もあるが)、中也賞でも開始以来選考委員だった荒川さんが編集刊行した本が候補になったことは今までにもあったと思うので、何か言われたらそれをまた話のきっかけにしてやれという、荒川さんの確信犯的仕掛けかもしれないなと思う。

3/28(火) 大判の絵本のような本の記述が矛盾していて、いつのまにか本から出られなくなる夢を、ちゃんと眠りたいなあと思いながら見ている。
 今データ作りをしている辞書の打ち合わせ、ウーン、あといくつかの大きなひらめきと突貫工事抜きには見えてこない感じ。データベース・ソフトのまだよく知らない機能の確認など。背中が痛いし、疲れた。
 「伊藤聚読本」何度もめくりながら、少しずつ読む。鈴木志郎康さんが、「『詩という意識の場』だけが問題だったところに、ジャーナリズムがしつらえた『詩人というイメージの場』が重なって来た。詩人が使う言葉が、あらかじめ『詩人というイメージの場』の中に秩序づけられるようになってきた」と、この10年ほどの変化について書いている。
詩を書いて、何らかの形で言葉を存在させなければ、詩が置かれる時間は生まれてこない。つまり、詩という場へ向けた発語は死んでしまう。
という危機感を持って書かれた伊藤聚さんについての覚書。10日の日記で、「本を読んで、さらに本を読んだり、自分でも書いて考えたりという人々の空間は圧倒的に社会と乖離してしまったのではないか」「そうした一種の『知的』な空間から生まれてくる言葉が、社会に対して予想を越えた影響力を持つということがほとんどなくなってしまった」と書いたけれど、「詩という場」や評論などが情報社会の一端として組み込まれ、何を言っても商業空間という同じ土俵の(あまり売れない)言葉と見なされるようになってしまった(よって「向こうではあんなことを言っている」という、社会とぶつかり合う距離感がなくなってしまった)ということなのかもしれない。ウーン。

3/27(月) 不摂生のせいか、明け方に目がさめてしまう。でも、午後には家族が戻ってくるので、何とかバランスを回復できるだろう。
 ひたすら辞書の原データ作り。英語の本を読むのにちょっと疲れて、昼休みに本屋を回るが読みたい本なし、潮出版社や筑摩の本がゾッキで出始めているのが目に止まった程度(入沢康夫さんの5000円くらいの賢治論集成が2000円とか)。
 鈴木志郎康さんのページにアップされている『野村尚志詩集1999年3月』のプリントを持ち歩いているが感想がまとまらない。志郎康さんの「詩の電子図書室」の自称司書としてアップされたものには解題的な文章を書いてきたのだが、野村さんの作品が「電子図書室」内のファイルとしてアップされているということに1年近く気づいていなかった(すみません、でもやっぱり書けないかもしれない。そのときは辻和人さんにでもお願いしようか)。たまたま先週、94年に野村さんにいただいた冊子を読んでいて「埋め立て地」という詩がおもしろかったので、前半を改行を/で示して引用しておく。
山下さんから電話があった/はいもしもしと私が言ってもないのに/現代は埋め立て地だといきなり言うのだ/なんだなんだと思っていると/埋め立て地という雑誌をやろうと続けて言うのだ/山下さんは詩を書いてるけど/はっきり言ってつまらない詩だと私は思う/でもおもしろいですねと嘘言ってたのが悪かったのだ/僕が鮎川信夫で野村くんは吉本隆明ってところかな/声はどんどん上がるのだったが/どうして私が吉本隆明なんだ/あいかわらずのずれぶりなのだ/それに荒地という詩の雑誌を知らない人には通じないからギャグにしても二流だし/戦後すぐが荒地なら二十世紀末のいまは埋め立て地だという認識自体はなるほどなとは思うけれども/だからこそ/それをいっちゃあおしまいなのだ
 この当時、野村さんは毎週土曜の夜に渋谷のハチ公前で「言葉を喋る」と称して、マイクでひたすら喋るということをしていた。通りがかりに参加しちゃおうかと思ったが、恥ずかしくて手を振ったという思い出。帰ると「NEW感情」同人編集の「伊藤聚読本」(発売・書肆山田)が届いていた。昨年亡くなった聚さんの追悼および記録。シンプルできれいな仕上がり。ぱらぱらめくるだけでうれしい本に出会うのは久しぶり。

3/26( 今日はまともに過ごそうと、トイレ掃除したり金魚の水を替えたり、でも結局食べては飲み、飲んでは寝てで、気がつくと夜だった。ビデオでケン・ローチ監督の「レディバード・レディバード」を見る。福祉職員に目をつけられた女性が、南米から亡命してきた男性と結ばれるが、子どもを産んでは、養育能力なしとして役所に子どもを取り上げられてしまう。偏見や貧しさの中で、どう正気を保っていくのかを淡々と描く。何でもマスコミの論理に巻き込んでしまう空間からは、こうしたテーマの映画が静かに生まれてくるということはないだろうと思う。
 詩で、「他人をも含んで、自分を取り戻す」ことができるかどうか、そんなことを考えた。

3/25( 明け方に目がさめて、せっかく一人なんだからと飲み直して、12時くらいまで寝る。ビデオでティム・ロビンスさん主演の「未来は今」(ジョエル・コーエン監督)を見る。ウォール街のアメリカン・ビジネスをおちょくったファンタジー。創業者の死んだ会社で「つなぎ」に抜擢された「無能」なはずの青年(ティムさん)がフラフープを発明して、……。どこまで実話か創作かわからないが、ティムさん(監督としての「デッドマン・ウォーキング」、俳優としての「ショーシャンクの空に」など)を見ると合州国の正気がまだ生きているといつも思う。

3/24(金) 春休みなのか、朝の地下鉄に6年生くらいの男子が数人にぎやかに乗ってくる。「優香」(ゆうか? ゆか?)の広告を指さして「かわいいっ」「西村ちゃんと盛り上がってるじゃん」とか言ってるのは笑えたけど(女性のみなさんはやはり笑えなかったろうけど)、みんなイアリング(まさかピアスではないと思うが)をしてるのには参った。
 仕事いろいろ。「出版」が「情報産業」という括りに統合されていくとき、大手か自費出版社(または下請け)かという二極化が起きると思う。今はネットなどを利用した本の流通の活性化や電子本が話題になっているが、私自身の感じとしては、下手な単行本200ページ読まされるくらいなら、ネット上で原稿用紙20枚くらいのレポートを読んだ方がよほどしっくりくるというくらい、今の本の「らしさ」がいらだたしく思えるようになっている。また無料の辞書データなどに慣れた環境から、どんなにていねいに辞書やCD-ROMなどを作っても「高すぎる」と受け止められる傾向が顕著になってきた。生き残りをかけて本は加速度的に出されているが、内容の空洞化や「安くて当たり前」という感覚が多くの出版社の破局につながるのはそう遠いことではないだろう。
 薫(小3)は終業式、家族はみんな奥さんの実家に行ってしまった。テーブルに置かれた通信簿はオール優だが、最近、同級生が塾に行ったり通信教育を受けたりしているのをうらやましそうにしている薫には、あと1、2年はのんびり育ってほしい。

3/23(木) 父は会社に、家族は「トイ・ストーリー2」に(小学校、卒業式のため低学年は休み)。
 辞書データ作業ほか、何か疲れて被害者意識に陥りそうになったり、忙しい知り合いにアルバイト探しを頼んだまま返事がないので悪いことしたかななんて気に病んだり。背骨がなぜか痛い。で、そういうことを言うと、もっと頑張ってる人がいるなんて逆立ちした競争意識を突きつけられたり、みんな大変だからと同調のネタにされたりで終わってしまう「都合のいい」世界。
 20日の日記で、「詩の世界が『会社』になってしまった」と書いたけれど、「会社」的世界から自分を取り戻そうとして書いた詩を届ける場所が、やはり「会社」的あるいは「ムラ」的論理やマスコミの「数」につながるものがいいものだという論理に侵されてしまって、詩を届ける場所が見えなくなっているということか、と思う。

3/22(水) 1年以上、読まずに放っておいたフラナリー・オコナーさんの書簡集『生きて在るという習慣(The Habit of Being)』(ヌーンデイ・プレス)を読むことにする。600ページ以上のかなり大判のペーパーバックに英語がぎっしり、持ち歩くのもちょっとということで買ったままだった。津野海太郎さんに倣って(こんなことは生まれて初めてかもしれないが)カッターで本の背を切って分冊にする。やはり面白い。手紙なのでデビューを前に出版社ともめたりといった舞台裏が見えるだけでなく、フラナリーさんのしゃきしゃきした文体は私の精神にいいみたい。
 大学の卒業式シーズンとなり、武道館に近い私の会社周辺がにぎやか。昼休みに喫茶店に入ったら、それらしいカップルがいて女性の方がずっと泣き続けている。別れ話? こっちの方が緊張してしまった。
 価値観の多様化は進んでも、多元化は後退しているなんてことを、夜の帰り道にぼんやり思った。

3/21(火) ジャメイカ・キンケイドさんの読みあぐねていた『マイ・ガーデン』、何とか読了。カリブ海出身のジャメイカさんが、合州国にずっといることになっても私は私という確認作業の過程なのか、故郷を舞台にした荒々しい物語でもなく、合州国とのぶつかり合いでもなく、伝統のある街に買った家の庭の世話を中心にしたエッセイ。
 大航海時代以来、白人が世界中から植物を集めて命名していった歴史の話や、見てくれのいい庭ではなく「原初の庭」「手つかずの庭」(Wild Garden)を本能的に求める彼女の格闘ぶりはそれなりに面白いけれど、初めての読者には薦められない。初めての人は『ルーシー』『母の自伝』(以上、すべてファラー、ストロース&ジルー。『ルーシー』は學藝書林で「一応」の訳あり)を読んでほしい。まあ、私が貧乏でガーデニングに縁がないから、彼女の天衣無縫ぶりが楽しめないだけかもしれないが。

3/20( 昨日の続き。姪が私立大の薬学部に合格したのだが、授業料だけで月20万とのこと。老父は、国の赤字は今60歳以上の人々が死んだ時の相続税でかなりの部分補填できるから心配ないという官僚の発言に激怒していた。
 朝、寝ぼけながら、真木の「テレビマガジン」の付録作り。紙でウルトラマンの人形(今は「フィギュア」と言います)を作るという昔ながらの付録だが、薫の学研の「科学」の学年誌と同じで、いつもながらの説明のわかりにくさに怒りながら2時間かかる(仕上げあたりの説明が出鱈目か手抜きとか、「科学」の場合は部品名が説明中で統一されてないとか)。
 おとといの日本の現代詩は「学校」だったという感想から、「あ、そうか。今は詩の世界が『会社』になってしまったから、みんな経営不安と出世のための根回しに流されるのか。本当の学校も役所か会社になってしまったし」と連想(出版もコンピュータの世界の広告がらみの情報提供者のような存在として、大手を中心に大幅に再編されるだろう)。こんなくだらないことを考えつづけて死んでいくのかな。英語の本でも読んで気を紛らそう。
 陽は暖かいが、風が強くて寒い。近ごろブームのキックボード(ハンドル付きのスケボー)、街で若者が乗っているのはどこかいじましいが、子どもたちには似合っているなとマンションの庭で納得。
 結婚10周年(正確には明日、10年前の春分の休みは21日だった)、物を見る目もないので、佐野洋子さんの画文集『あっちの女 こっちの猫』(講談社)を彼女にプレゼント。

3/19( 私の実家(幡ヶ谷)に家族4人で。今年で金婚の両親と兄家族、総勢10人で近所の店で食事。今は半ば母親の物置と化している部屋の本棚から、20年以上前に買ったままだった群司次郎正さんの『侍ニッポン/幕末ニッポン』(中央公論社)を持って帰る。モボのインテリやくざが戦前戦後に書きついだマゲもの。
 まだ100冊近く自分の本が残っている棚を見たせいか、本に対する期待がすっかり変わってしまったと感傷。ここから何が始まるんだろうという、本を手にしたときのわくわくした気持ちがほとんどなくなってしまった。今は、仕事とかで追い詰められた気持ちを取り戻すための読書、要するにマイナスから少し息を吹き返すためのパズルのようなもの。収監された赤軍のメンバーは今何をされていることやら(国家の裂け目を見せた者たちへの国家の暴力の逆襲。イスラエルやCIAの影も?)。

3/18( 真木は幼稚園の終業式(年長の園児は卒園式)。午後、子どもたちは母親と児童館へ。冬の疲れか、ぼーっとして、赤塚不二夫さんの復刻コミック『天才バカボン』(講談社)を読んだり、こういう会社と家族関係以外は誰にも会わずに時間が過ぎていく生活というのは、引きこもりの一種かと思ったり。また、日本の現代詩は「人に受け入れられる」という、「芸能」が課せられる基準を度外視して続いてきた一種の「批評学校」みたいなところが「あった」ななんて思ったり(四半世紀前には、詩を芸として語るという姿勢がスキャンダラスに思えた記憶がある)。

3/17(金) 会社のお掃除のおばさんが(と言っても、フランス文学の教授だった旦那さんが亡くなって、頼まれたから働いているという、パリ滞在も長く諸芸に通じた方)、戦前に見た洋画で、訳あって姉の子として育てていた子を妹が取り戻したくなって争いになるという映画は何だったかしら、と言うのだが俳優もわからず突き止められない。
 午後、天気雨ならぬ雪、こんなこともあるんだなあ。詩を書く体調というか体感じゃないなと思いつつ、みっちり仕事。

3/16(木) ああでもないこれでいいんだろうかと追いつめられながら会社でぐずぐずして、真木をお風呂に入れる係の日なので飛んで帰って、風呂に入る前に地下鉄内で読んでいた本の(ポケット辞書では)分からなかった単語を調べる、そんな日々です。
 「ダ・カーポ」4/5号に、荒川洋治さんの詩集、石原吉郎さんの評伝(多田茂治さん『石原吉郎「昭和」の旅』作品社)の紹介記事。それぞれそれなりの長さなのだが、荒川さんの方は彼のエッセー(考え方)に即したもの、石原さんの方は石原さんの人生(シベリア抑留)に即したもの。

3/15(水) ジャメイカ・キンケイドさんの本、行き帰りと昼休みで40ページくらい読み進み、この本での彼女のスタイル、スタンスが何とかつかめてきたかと思う(庭や植物の話に、欧米中心文化の批判みたいな話がまじるようになってきた)。
 朝日の夕刊に谷川俊太郎さん編のCD版の日本語と英語による朗読詩集(『日本現代詩の六人』TAM office)の紹介記事。収録されたのは谷川さんのほか、辻征夫さん、永瀬清子さん、石垣りんさん、まどみちおさん、伊藤比呂美さん。ここに「児童文学」としてくくられがちな(広い読者に読まれている)工藤直子さんらを加えるとひとつの風景が見えてくるなと思ったり、北村太郎さんが病院で最期の夜に、まどさんの「ドロップスのうた」を歌ったということを思い合わせたり。
 「サンデー毎日」3/26号に清水哲男さんの詩集評(荒川洋治さん、茨木のり子さん、辻征夫さんの作品集について)。荒川さんの作品についての切り口は筆者のキャリアを感じさせる芸だった。

3/14(火) 故意か偶然か、楽しく働いていたはずの私がいきなり殺され、残された妻(泰子さんではなく、某女優さんだった)がいろいろな人々と出会いながら、最後には同じ手口(ナイフがすべって刺さる)で自分が殺されるという映画を撮る、というまるで林海象さんの映画のような長編の夢(実際には何分くらい見ていたものやら)。後で歌舞伎っぽい話かとも思う。
 読みたい本がないので、またジャメイカ・キンケイドさんの本に挑戦するか、などなど、自分の生活のBGMを選んでいるような姿勢で本をさがす。

3/13(月) 膠着、も仕事の内と割り切ってしまうかどうかが、サラリーマンの別れ道。仕事が進まなくても給料は出る訳だからこんな楽なものはないという見方もできる、でも疲れる。
 ゆうべは去年出たハルキ文庫版の『吉増剛造詩集』(稲川方人さんの編)の冒頭に載せられた「朝狂って」を読んで、昔はハマるくらい読んだのにあらためて読むとよくわからない詩だななどと考えていた。でも最終行の

  剣の上をツツッと走ったが、消えないぞ世界!

の「消えないぞ世界」というあたりに、また詩を書けそうなヒントを感じていろいろメモしたり(誤読かもしれないけれど、言葉と世界がはぐれていく場所のような気がして)。おかげで寝不足、今日は早く寝ないと。

3/12( 朝は元気だった真木(5歳)が「僕、ふらふらする」「お昼、食べない」と言うので寝かせたら、少しして頬が真っ赤になった。8度。夜には少し元気になる。
 『もっとも官能的な部屋』(書肆山田)で高見順賞を受けた小池昌代さんが、朝日で写真付きのインタビュー。仮死の世界から言葉とともに息を吹きかえしてくるような、不思議な味わいの作品集の受賞は素直に受け入れられた。
 何日も、声をあげずに生きてきたのだ。オペラピンク色の老人の声が、青い芽のように身体の芯にあり、ときどきわっと叫び出しそうになる。きのうはひややかに魚の名を告げた。駅名や土地の名、そして空のはなし。ひとをなぐさめるやさしい声のなかの太陽のような無関心。
「わたしの声はどこへ行ったのか。」
   (「にんにくのある室内」より)
 出版社より電話(日曜ですが)。6年前に出した翻訳が増刷の見込み。いい話のはずなのだが、会話は業界の不景気の話(「電子出版ももう駄目だね」とか)になって盛り下がる。

3/11( 同時代・前世代の作品や、海外の表現などを読みつつ、自分も表現をと思いつづけ、ふと顔を上げたら、自分の作品の向こうには、自分と同じことを考えている人しかいなかったなんて想像。自分が生活領域でふれる人々よりも、自分の詩を読んでくれる人が少ないなら、なぜわざわざ本にして出すのだろうという疑問(会った方が早いくらい?)。
 だから今、書いていないとか、本を出さないとかの因果関係ではなくて、そこを乗り越えてでも突きつけたいだけの作品が書けないから、いろいろ考える。もしかしたら、まったく別の出会い方があるかもしれないことや、本というものの文化が変わっていくことも含めて。
 数? 自分で編集した本について、2000部売れたとか5000部売れたくらいまでは、何とか読者イメージが見える。どんなに無理してもせいぜい1万部まで。10万部売れたら、それは自分には想像つかない読者が買ったとしか言いようがない。

3/10(金) たとえば戦後の復興期に、旅行者がエッチな雑誌が売り切れてたからと共産党の雑誌を買って読んでいたのを見たなんて話をどこかで読んだ。私の体験では、普段は本を読まない伯母がソルジェニーツィンの分厚い本(30年くらい前か)を読んで「すごいねえ」なんて言っていた記憶がある。限られた選択肢のなかで、本と読者が予想を越えた出会いをしてしまう、そういうことは今日では減ってきているのでは、と思う。
 書籍だけでも、正確な数字ではないが年間6万点刊行されるという。これに新聞、雑誌や各種のPR誌、カタログ誌などが加わると、それだけでも膨大な印刷物が出されていることになる。加えてテレビ、ラジオ、ステレオ、パソコン、ゲーム機、町中の広告、チラシ、ビラなどの媒体があるわけで、そうした環境で、詩なら詩の本を系統だてて読んで考えるとか、現代詩って奴を読んだらすごく面白くてハマってしまったよ、といった読書は成り立ちにくくなっていると言えるだろう(もちろんなくなってはいないが、文芸書、人文書の売れ行きが10年前に比べて半減と言われるし、またその読者も平均年齢がどんどん上がっている)。
 そう状況をおさえてみると、詩を読まずに詩を書く人が増えたなどと言ってしまったことがあるが、マスコミを流れる言葉のありよう、その作者たちの扱われ方などを参照しただけで、ひとつの手段として詩を書いてしまうような人が増えるのはむしろ当然なのだろう。
 私自身、先行する詩人たちの作品を読んで、自分の詩を対象化している気できたが、考えてみれば、好きで読んできただけのことで、それは選択肢の少ない70年代(ワンフロアーの書店にちゃんとした詩のコーナーがあった時代)に詩を読み始めたことで、今この時代に読み始めるよりは熱中できたし、それなりの幸福感を味わえたというのにすぎない部分が大きいはずだ。
 で、結局、何が言いたいかというと、本を読んで、さらに本を読んだり、自分でも書いて考えたりという人々の空間は圧倒的に社会と乖離してしまったのではないかということ。そうした一種の「知的」な空間から生まれてくる言葉が、社会に対して予想を越えた影響力を持つということがほとんどなくなってしまったということ。
 いっしょに出版の仕事をしているような人々にさえまったく届かない私の詩とは、と思うと、その乖離を越えていくような、本や読み書きではない、何らかの「行動」こそが自分の生きている世界との回路を見出すために必要なのでは、と思わされる(正確には原因結果ではなくて、身体的にそう感じてしまっている)。300部の詩集を出して多く見積もっても10人くらいの読者としか出会えていないのではないか(数が大切だと言うつもりはありませんが)と思える自分の表現を突き詰めていくことは自分だけの作業として続けていくとしても。

3/9(木) 熊本子どもの本の研究会が出した『子どもがみつけた本』は、会の周年行事での、鶴見俊輔さん、工藤直子さん、池澤夏樹さん、西成彦さんらの講演や座談に、同タイトルで募集した投稿113編を収録したものだが、この投稿の一種の選者である西さんの言葉にどきっ。
この企画に寄せられた投稿原稿をまとめて読みながら、はじめは背筋がぞうっとしたことを率直に白状しておきたいと思います。
これじゃあ、育児雑誌の投稿写真じゃないか、と。
しかし、考え直しました。そもそも「神話的時間」をめぐる語りは、井戸端会議の形式でなければ語りえないのではないか。(中略)それはカラオケと同じで、ひとりでマイクを占領することさえないように心がけさえすれば、りっぱな精神衛生です。
 こんな言葉を選評としてさらりと載せられるところに、98年で15周年だったというこの会の力を感じる。読書会や子ども文庫の活動などを行いながら、機関誌の他に今まで3冊の書籍を刊行したことになるわけだが(『神話的時間』『神話とのつながり』とこの本)、その3冊とも全国で広く読まれているだけでなく、プロの出版社が本に与えることのできない「気持ち」のこもったものになっている。こういうのっていいなあ。

3/8(水) 薫(小3)が「おまえはばかだ」という書き付けを机に入れられたり、男の子の机に「僕は◯◯さんが好きです (名前)」なんて書き付けが張られたりといったことが先週あったそうだ。その男の子が教師に言ってホームルームで話し合いになったが、先週に続いて「ばかだ」をまた入れられた子が出てきた。薫のクラスは、教師が言うことを聞かない子に、罰を課すだけで後のケアをなぜしないんだ、と親が騒ぎだしたりしていたのだが、いろいろ始まったなという感じ。薫は学級通信で母親が知るまで何も言わなかった。「ヘンなの」と思うだけで、軽蔑するしかないことは忘れてしまうのだそうだ(ちょっと無理してるみたい)。滅茶苦茶な「ガンバレ薫ちゃん音頭」を作って歌いながら踊ったら「ヘンなお父さん」と笑われてしまった。

3/7(火) CD-ROM付書籍1冊印刷屋さんに入稿。CD-ROMの内容はもちろん、本のカバーも本文もすべてMOで。すごい時代と思うけれど、近々に雑誌のように、書籍も通信で入稿という時代が来るのだろう。後は終日辞書のデータ作りと、その編集体制や最終編集方針の検討。
大衆文学は、純文学よりも大きな連続性をもって、日本文学史の中に位置している。(中略)それは、封建時代にも時の権力のコースからそれ、明治以後の新政府の権力にたいしてもひいてもらったコースからそれ、権力というものを信用せず、それを監視する視点である。今は少数者であるがやがては多数者となって権力をにぎり正義をおこなうという社会運動家の気風からも、区別されるものである。 (鶴見俊輔『大衆文学論』六興出版・絶版より)
 先月、たまたま古本屋さんで入手した鶴見さんの本の影響で、大佛次郎さんの『鞍馬天狗 角兵衛獅子』(鶴見さんの選によるコレクションの第1巻・小学館文庫)を買ってしまった。
「あッ! 小父さん、小父さん……」
まことにこの月光の騎士こそ、宗十郎頭巾に面をつつんでおりましたが、杉作が今日まで夢にも忘れなかった鞍馬天狗その人だったのです。
3/6(月) 表紙に似顔絵を友達に描いてもらった、10数年前の詩集をぱらぱら見ていたら真木が来た。「真木、これお父さんなんだよ」「誰が描いたの」「お父さんの友達」「お父さんは何をしたの」「言葉を書いたんだよ」「言葉か」とつまらなそうに、絵を描くことや仕掛け絵本作りに熱中している真木は寝に行ってしまった。
 今日も会社では必要なことと冗談以外は口にしなかった。本についての話はせいぜい売れるか売れないかといった商品性についてか、個人的な好き嫌いの話だけ。自分の仕事と対話してやっと生き延びているような、「本が好きなんですねえ」なんて同僚に珍しがられるオジさん出版社員の日々。
 こういう環境(出版社ですが)で自分の詩の読者とはなんて考えると、「いないよね」とすぐ答えが返ってくる。自分に課する基準がまだまだ甘いということか。「作者自身のためだけのもので、本にして他人に読ませるようなものではまったくない」数年前に詩集を出したとき、昔いっしょに詩を書いていた友人から来た手紙にはそんな意味のことが書いてあった。「読者に浸透しようという努力がまったく見られない。この詩集に読者がいるとすれば、きみ1人だけだ」

3/5( 薫(9歳)は地域の子ども祭にダブルデート(笑)で行ってしまったので、真木(5歳)と運河沿いの道を散歩。小さな公園で遊んだり、階段につけられた鉄パイプの手すりをレインジャーのロープに見立てて足をつけずにすべり降りる練習を何度もしたり。真木といると、日頃辞書のためのデータ処理やお金の話、社内の諸関係の調整など、資本の論理とスピードできりきりさせられているのが悪い夢のように思えてくる。
 そうした日常を規制し、動かしていくものとしての言葉を切断するところに、詩のひとつの意味があるのだろう。最近、音楽を聞く気が起こらないのは、音楽を聞くことがサラリーマンの仕事(広い意味での情報処理)の延長のような情報消費に感じられるからだろう(おそらく読書も)。好きだった歌をわざわざステレオで聞くより、今は忘れていた歌がふと口をつくだけでいい。

 もはや、遊びっ放しでは遊びは潰され、揉み消されるばかりなのである。
   (きたやまおさむ『ビートルズ』講談社現代新書より)

3/4( ジャメイカ・キンケイドさんの新作『マイ・ガーデン』(ファラー、ストロース&ジルー)をこのところ週末に読んでいた。カリブ海出身のジャメイカさんの破格かと思わされる独特の英語は、荒々しいリズムで物語を語るときには力を発揮するのだが、今回の作品はガーデニング・エッセイで勝手がちがった。英語やラテン語の植物名が頻出するので、持ち歩いてポケット辞書で読むということもできない。今日も、破格な文章による長い描写に挑戦したのだが、10ページ読んでお手上げ。この本は当分読むのをあきらめる。
 荒川洋治さんの詩集『空中の茱萸』と「現代詩手帖」3月号の横木徳久さんによるインタビュー(ともに思潮社)。荒川さんについては、15年前くらいに公開シンポジウムでいきなり「どんな詩集でも3冊は売れます」という発言をしたのに面喰らった記憶があるが、そのひねりに磨きがかかったということか。荒川さんは出版人として200部程度の詩集を200点以上出してきた。どんなに彼がいい詩だと思っても伝わっていかないという現場で、4半世紀正気で活動を続けてきたことが、彼の言動のひねりの芸になっている。「ぼくの詩はどうせ読まれないと思っている」という発言も、それを語る場が、彼の詩を読む読者・評論家が存在することによって与えられていることは百も承知の上で「荒川さんの事情」を「荒川さん節」で語っているわけだ。詩集に収められた作品も「荒川さんの事情」に関心が寄せられるように仕組まれている。これはかなり偏差値・IQの高い戦略だな。でも次のような詩行にふれると、何かを言い切る自信がなくなってくる。

  言葉よりも多くの詩を書いた友人に
  「ね、いっしょに眺めようよ」
  と 冷たい物の世界へ誘ったこともある
  二○部の寝息を詰めた
  青い小袋のなかで  (「冬の紅葉」)

3/3(金) 私にとっての詩。関係のなかでの自分の限界(ナルシシズム・甘え・弱さ・技術など)を見つめ、それを乗り越えていこうとする言語表現(そこから出会いが誘発されればいいのだが)。しかし、詩を書くとき、自分がその詩に対して、どれくらい意識的(支配的)でありうるのかは疑問。「意識で」というより言葉との呼び合いを「身体的」に測っているところがある(「学習」によるもの? ならばその「学習」についても考え続けること)。
 須賀敦子さんの『ヴェネツィアの宿』(文春文庫)を少し読む。長くイタリアで自分の表現を求めて格闘した須賀さんならではの、次のような1節に出会えただけで読んでよかったと思う。旅先のヴェネツィアで、劇場から夜の広場に向かってスピーカーで中継放送されるオペラにふれて浮かび上がる遠い記憶(ちょっと長い引用ですが)。
ある夏の夕方、南フランスの古都アヴィニョンの噴水のある広場を友人と通りかかると、ロマランの茂みがひそやかに薫る暮れたばかりのおぼつかない光のなかで、若い男女が輪になって、古風なマドリガルを楽器にあわせて歌っていた。身なりは、そのころ多かったヒッピーふうだったけれど、歌声は、しろうと、というのではなくて、しっかりした音程だった。あ、中世とつながっている。そう思ったとたん、自分を、いきなり大波に舵を攫われた小舟のように感じたのだった。ここにある西洋の過去にもつながらず、故国の現在にも受け入れられていない自分は、いったい、どこを目指して歩けばよいのか。ふたつの国、ふたつの言葉の谷間にはさまってもがいていたあのころは、どこを向いても厚い壁ばかりのようで、ただ、からだをちぢこませて、時の過ぎるのを待つことしかできないでいた。とうとうここまで歩いてきた。ふと、そんな言葉が自分のなかに生まれ、私は、あのアヴィニョンの噴水のほとりから、ヴェネツィアの広場までのはてしなく長い道を、ほこりにまみれて歩きつづけたジプシーのような自分のすがたが見えたように思った。
 須賀さんがイタリアの詩人たちの作品を自分で翻訳しながら紹介した初期散文集『イタリアの詩人たち』(青土社)もいい本だった。もっと読まれてほしい。

3/1(水), 3/2(木) 2月7日の手術だったから、術後およそ3週間、会社に戻ってからは2週間ということになる。手術の傷の痛みはだいぶ楽になったが、まだ疲れやすい、なかなか起きられないなんてことがあったり、出術箇所の周辺が痛んだりするとちゃんと直ってないんじゃないかなあなんて神経が騒いだりで、バテ気味。「一度に三つのこと考えられないっ!」と愚痴を言ったりするが、出社している以上はあれやこれやから逃げ出すわけにも行かず、疲れる。
 この2週間くらい、長尾高弘さんの主宰する掲示板で詩をめぐるやりとりがあり、私も書いたりしたのだが、その展開のスピードについていけなかったり、何かまとまったことを書くにも気分が定まらないこともあって、日記形式にした。
 今日(2日)の昼休みは関口涼子さんの出たばかりの第3詩集『発光性 diapositive』(書肆山田)を読んだ。3読目。鬱っぽいこちらの気分で言えば、感覚や言葉がぐらついたりするのは不安の現れだったりするのだが、関口さんはそうした状態を、自己が光や水に同化した肯定的な体験ととらえて、逆に自分を規制してくるものとしての言葉を何とかすり抜けることに至福を見出しているかのようだ。書物の形態の中で、リニアな言語表現に埋もれてしまうことに対する拒絶は、紙面のレイアウト、製本の限界への挑戦など、相変わらず健在だ。文体は、前の詩集の軽やかさを失ってはいないと同時に、伊藤聚さんの詩にも通じる圧縮された強度も生まれてきている。断片をリニアにまとめずにこの世界を構築した想像力はやはりすごいと思う。以下引用を何箇所か(具体的なレイアウトは本をご覧ください)。
見たいと望む眼は視力を再び身につけてでもすでに戻れないほどの遠さもまとってしまっていた、止められない、もう。(「片目の人にボールペンのキャップはかぶせられない」より)
私はただこの水と静かにたわむれ、この水とたわむれる言葉が映す水とまたたわむれるのに忙しくしていて、みどりの。(「言葉が人間より先に死なないなんて誰にも言えない」より)
不定期だが、水平に背を見せる場所へと蒸発しようとする意志が液体の大部分に現れ、なおかつ視覚上の水滴が内側には常に残されていた。(「recipientの中身を、どうしたら水銀からただの水に戻すことができるか」より。タイトルのreのeにアクセントあり)
 まだ読み終わった気になれない詩集だ。


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