2000.2



2000年2月
◯80/2の手帳から 映画「緑色の部屋」でトリュフォーさんを初めて意識する。死者への愛から抜け出せずに滅んでいく男の物語。高校英語教科書の編集という仕事に自分なりの回路を見つけようと、教授法の研究会などに顔を出すようになる。
◯90/2の手帳から ご両家ご対面など、本人の意志を越えたスピードで、事態はどんどん「結婚」に向かって突き進んでいる。会社で昼寝をしてしまうなどという失態をおかしたのは後にも先にもこの時だけ。

「ありふれた入院日記(その1)」(2000/2/10)

 2/4 (金) 指定された10時すぎ、錦糸町の都立B病院着。入院受付をすませ、病棟に案内される。着替えてごろごろしていると、看護婦さんが説明に来る。「ところで手術は今日ですか、明日ですか」「外科の手術は月曜か水曜で渡辺さんの手術はまだ決まっていません」えーっ、どういうこと? いろいろ話を聞いてまとめると、手術は「たぶん」月曜だろう、手術の前日に医師と麻酔医から説明を受けるルールになっていて、土日は彼らがそろわないので金曜入院になるとのこと。去年の12月始めに外来でヘルニア(脱腸)と言われ、手術しなければ直らないというので申し込んでおいたのだ。2ヵ月経って電話をくれたのは予約センターの人で入院日しかわからなかった。こちらはこちらでこれだけ待たされた上、仕事など調整して来たのだから、即やってくれるのだろうと緊張してきたのが、いきなりのお役所的お出迎え。他に悪い所ないのにパジャマ姿で3泊しろと言うのか、出直してくる! そうこうする内、医師たちとの打ち合わせも終わり、じゃあ手術も月曜の朝に決まったので、今日、明日は外泊ということにと話がまとまりかけた夕方、12月の申し込み時にやった検査(採血・心電図・レントゲンなど)が古くなってしまい、今日はもうできないので明日の朝やってから外泊にしてくださいと言われる。
 4人部屋は他に2人、1人は喉の組織の検査入院で間もなく退院という下町のおじさん、もう1人は癌の治療のため、喉に開けた穴から痰を器械で吸い取ってもらって苦しそうにしているおじいさん(見舞いの家族の丸聞こえの話から実は60くらいということが後でわかった)。あまりに暇なので、市野川容孝さんの『身体/生命』(岩波書店)を読んでしまう。フーコーさんらの研究をベースにした、生/死の捉え方の比較社会史。脳死が人の死であるという考えは、人工呼吸器によって臓器が脳よりも長く生きるというテクノロジーに支えられたものだという指摘、東西の文化の差を脳死をめぐる賛否の根拠とする考えに混入する通俗的歴史知識の指摘など、面白いが今の頭にはやはり重すぎた。要再読。
 2/5 (土) 昨夜は、同室の「おじいさん」が1時間おきにむせながら看護婦さんを呼んで、器械で痰をとってもらう音で眠れなかった。食事をベッドでとり、再検査をすませ、手続きをして病院を出る。錦糸町の楽天地のドトールでコーヒーを飲んでから、リブロで病院用に須賀敦子さんの『トリエステの坂道』(新潮文庫)を買い、バスで帰宅。
 今週は真木が風邪を引き、それが奥さん、そして次に薫にうつるというピンチの週。ちょうど今は真木がほぼ回復、彼女はやっと起き上がれる程度、そこへ学校から帰ってきた薫が昼飯も食べかけでダウン。結局3人は午後じゅう寝ていた。盗まれた真木の自転車らしいのが駅前に放置されていたと近所の人が教えてくれたので取りに行ったり、晩の買い物をしたりで家事手伝いに帰ったようなもの。
 2/6 (日) 昼間、真木を遊ばせたりしてから、また出発。錦糸町のドトールであきらめ悪く、またコーヒー、煙草。5時に病棟に戻る。食後、剃毛(看護婦さんが浴室でやりましょうというので、ヤバいんじゃない、と思ったがクリームと剃刀が用意してあって、できるところまで自分でやってみてとのこと)、頑張って剃り上げ、「合格」。9時下剤飲んで寝る、以降は水も禁物。
 2/7 (月) 明け方、腹が痛くなってトイレ。朝、看護婦さんが来て「プロ」の浣腸(笑)、これで腸は空っぽ。裸になって手術着に着替え、局部麻酔なので意識をぼんやりさせるための薬を飲んでから、ストレッチャーで手術室に運ばれる。脊髄に麻酔を打たれ、足腰が発泡スチロールになる。尿道に管を入れられ、両手を十字架のように固定され、これで立たせれば映画「デッドマン・ウォーキング」の死刑囚だなと思っているうち、意識が途切れた。

「ありふれた入院日記(その2)」(2000/2/11)

 2/7 (月) 目がさめるとまだ手術室のなか、顔を覗きこんだ医師が「終わりました」と言う。時間が経った記憶まったくなし。ストレッチャーで廊下に運び出されると奥さんがいた。病棟に戻る。彼女が何か持ってきてほしいものは、と言うので「煙草」と答える。彼女が帰った後、また眠ってしまう。昼すぎくらいに目がさめる。起き上がろうとしたらすごく痛い。医師は先日の説明で、痛みは個人差があるが、麻酔が切れたら歩けると言っていたがそれどころではない。痛みに声が出てしまう。ナースコールで看護婦さんに痛み止めを持ってきてもらう。が、それは座薬だった。一瞬、ためらうが痛みには勝てずに入れる。これで、剃毛、浣腸、尿道の管、座薬と初体験をすませる。しばらくしたら本当に楽になった。
 後で看護婦さんに聞いたら、手術着、T字帯(手術後につける白フン)、点滴、そして尿道に管を差したまま、明日の朝までは安静だと言う。何か、医師の話と違うなあ。トイレに行きたくなったら?(「大」ですね)と聞いたら、このまま何とかしてもらうしかと言われる。ああ、それで汚さないように家から持ってきたバスタオルを敷いているのか、トホホ。でも、下剤と「プロ」の浣腸の後だから何とかなるだろうとあきらめる。
 腹部を支えている組織の切れた部分を引っ張って縫い合わせるために、反対側(今回の手術は左下腹)もヘルニアになる可能性があるといった医師の説明や、同室の検査入院のおじさんを見舞いに来た奥さんの、うちの子はこの病院でヘルニアの手術失敗したのよという嫌な話も忘れて、とにかく痛みに気をとられる。夕方から少し落ち着いて、点滴をつけたまま須賀さんの本を読めるようになった。
 2/8 (火) 痛み、かなり楽になる。8時半頃、看護婦さんが尿道の管を抜いてくれる。点滴台を転がしてトイレに行く。9時過ぎくらいには点滴もとれて、パジャマに着替える。1階(私の病棟は7階)に下りて、喫煙室で煙草を吸い売店で朝刊を買う。10時近く、真木を幼稚園に送った足で奥さんが見舞いに来る。
 昼から食事再開(焼きそばだった)。午後は須賀さんの本、イタリアでカトリック左派の書店運動をしていた亡夫やその家族の思い出がきりっとした短編小説のように綴られる。エッセイのほか、日本文学のイタリア語訳やイタリア文学の日本語訳で知られる須賀さんだが、帰国後キリスト教系の奉仕活動をしていたことや、シモーヌ・ヴェイユさん(工場で労働体験をするなど、活動的だった思想家)が好きだったこともわかってよかった。
 痛み止めの飲み薬ももらって落ち着くと俄然暇になる。売店で飴を買ったり、友人に電話したり、意味なく体温を何度も計ったり。夜、医師が来て「どうせ痛いのはしばらく続くから、明日帰ってもいいですよ」と言う。今ごろ言われても気持ちの整理がつかないし、退院は朝というルールらしいので、明後日にしてもらう。どうもここの医師たち(3人で1チーム)の説明が足りなかったり、いい加減だったりするわりには、言うことが軽いのが引っかかる。医師は外来と手術がメインで、病棟を頑張って切り盛りしているのは看護婦さんだという実情はたった数日でわかったが、それにしても……。
 夜、家に電話して、鶴見さんの本を持ってきてと言う。本当は明日は来なくてもいいのだが甘えているのだ。造幣などの機械を作る工場の経営者だったらしい「おじいさん」(全部話が聞こえてくるので)、早く外出したいと訴えているようだ。見舞いに来てた息子さんに8時から町工場をテーマにしたテレビがあるから気分転換になるのではとお節介で教える。でも8時前にまた息が苦しくなって吸入の処置室に連れていかれ、帰ってきたら疲れて寝てしまったようだ。ベッド備え付けのテレビ(自販機で専用カードを買って見る)を垂れ流しにしている。私は結局テレビは見なかった。テレビは忙しい日々の手軽な気分転換でしかない、こんなところでだらだら見ていたら気持ち悪いと思う。
 2/9 (水) 暇、何度も喫煙室やロビーのある1階と病棟を往復する。喫煙室の常連はどうやら癌の人が多いということがわかってきた。みんな食事や医師の説明不足の愚痴を言っている。これだけ元気でもここではただの病人ということにされ、長期間ストレスを抱えこまされる。向こうの都合のいい時に診察できるように患者を入れておく箱のような病院、建て直し中ですごくきれいなんだけど。
 彼女に持ってきてもらった鶴見俊輔さんの『教育再定義への試み』(岩波書店)再読了。去年の秋に読んだ時は今までの話の継ぎはぎのように感じられたのだが、学校は「戦中から戦後へとファシズムを温存するトンネル」、教師は「文部省の番人」、そうした学校だけが教育の場だという発想から自分を解放して、どうして生きるのか、学校へ行くのか、殺してはいけないのかという、「親問題」(生きていく上で目をそらしがちな人間にとっての初発の問題)を見失わずに、さまざまな関係の中に自分の教育・学習の場をさがしていこうというメッセージが改めて重いものとして受け止められた。
 夕方、デザイナー、昔の同僚、会社の後輩の面白い女性など、五月雨式に見舞いに来てくれる。外はすごく寒そうだ。同室の検査入院のおじさんは既に退院し、私の横のベッドでは急性の盲腸と周辺の炎症で担ぎこまれた青年がテレビを付けっぱなしにしてマンガを読んでいる。
 2/10 (木) 朝から残り少ない煙草を吸ってしまってぼうっとしている。彼女が迎えに来て精算(4万7千円)。抜糸の予約をして、10時タクシーで帰る。


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