BOY−−誕生歌





1999.8-12



  目次

(w)here
克服
私情
成長について


きみ
スケッチ−−ある日出会うための
まぶしさをあつめて
ラブソング

眠る男
不思議な季節
愛情万歳

橋の上で
歌−−コメディ

FOOL
誕生歌
海へ

BOY
BOY II
BOY III
BOY IV
BOY V





(w)here


ここは悲しさだけがはじまる場所

水のなかの植物のように
浮かびあがろうとしても
自分の水面にさわれない
誰かの時間に寄りそって
あたえられたかたちで照り返している
さびしさにすりつぶされながら
私の言葉が思い出せない悲しさが
成長する場所



いま誰かが私を思い出しているかもしれないという幻想
私を思い出してくれるきみを抱きしめたいという妄想

世界は私を必要としていないという恐怖
国家は誰も必要としていないというニヒリズム

記号化した労働と学習をみたすことばかりうまくなって
かけらのような個性になってならんでいる

子どもたちのまなざしにさえ育っていく
突き放す腕のような希望

すべてを距離にかえる
名前だけの感情がうろつきまわってうるさい



克服


もっときれいにならなきゃいけない
大切なひととすごせたかもしれない
取りかえせない時間に似たかなしさをこえて
感受性のコップにとじこめられて
名前を確認するだけの感情をこえて

またまぶしいひとつの時代が終わるけれど
終わることではじまるかなしさに沈んじゃいけない
そんなかなしさでむすばれてはいけない
まぶしかった季節を突き放しながら見つめよう
まぶしかった季節の風を吸いこんで
わらっていた私たちの言葉では思い出せなかった私たちを

 ○

私生活を楽しんできたよ
私の想像力も経済も成長して
言葉の快楽と自由なんて理論を読みすてながら
マイホームのような自分を銀行にあずけて
それぞれの小さなくるしさを語ることを自分に許して
ずいぶん怒りっぽくなったくせに
やさしさだなんて呼びあっている

さあここでは私生活は終わりだ

 ○

終わっていく時代に引きずられていく
歌う家畜たちの悲鳴をあびながら
変わっていく私たちの変わらない姿と
変わらないものにささえられながら変わっていこうとする
私たちの欲望を見つめつづけろ

 ○

きれいにならなきゃいけない
やさしい私生活たちが
支配を暴発させる時代にどれだけ遅れても
始まりの岸から何度も振り返るために

私たちがかつて思い出したことは
いつか私たちを思い出せるのだから
小さな思い出はこの時代の処分場に捨てていこう



私情


私を殺さなければ穏やかになれないという倒錯
私の塀を乗り越えなければ私にしか帰れないという
快楽と感情に閉じこめられた毎日をこえて

私の弱さを見つけるのが上手なきみたちはきれいだ
私の弱さがうかびあがるからきみたちがきれいに見えるのだろう
私の弱さはきみたちがきみたちに帰るための鏡のようだね

向きあわずにひとつの場所で生息しあう方法
やさしさ・やわらかさ・しらじらしさ
序列・黙殺・なれなれしさ−−
探知器をいつも持ち歩いて発信しているきみたちは
まるで被害者のようだね

気が遠くなるほどきみたちを好きになった私を
私は私の弱さとして切り捨てる
カメラのシャッターを開きっぱなしにすると
カーテンしか写らない部屋たちのように



成長について


書き込まれた欲望に呼び出された私があふれそうになるとき
春のまがり角から日差しを連れてあらわれたひとを思い出す

もっと遠くへもっとはげしくと言葉は感情と呼びあうのだが
私がいるのはまなざしだけがひかっている場所

あんなに急いでいたのに−−
そう、ほとんど一歩も進んでいない

こんなに経ったのに−−
時代が走り抜けて振り出しに帰るんだね

日差しを連れたひとを肩先にひからせ
通りかかった誰かが立ちどまって休んでくれる感情であれたらいい

まなざしになった感情をふかめる言葉であろうとする努力が
背中が裂けていく日々を新しい時間に変える






一人だけを呼ぶ歌だ
一人だけを慰めてほめるための歌だ
そばに誰もいない呼び出された一人が
小さな傷に意味を塗りこめ
小さな傷の意味を認めないすべての他人を
世界から消し去るための

自分だけ慰められたい一人があふれている
自分の弱さも卑怯さも忘れていられるための
新鮮なテクノロジーにしがみついて
自分だけほめてあげたい一人が生きのびるための
軽蔑をさえずりにおきかえて交信している

 ○

中心に向かって振り落とされまいと
急いでいるものたちが産み落とす小さな悲しみが
振り落とされたものの怒りにたどりつく前に
拾いあげてしまう言葉の群生
心まで急いでしまった私たちを
切り離しながら閉じこめていく束の間の快楽
でもね
急ぐ言葉には思い出せない私たちがいるんだ
ひどくゆっくりとまなざしをめぐらす発芽のように
大きく見える私たちがとても小さなものでしかない場所へ
帰っていくことが言葉の仕事

きみの突き放すまなざしを突き崩したいよ
バッジみたいにつけている
きみの好きなきみの言葉には
思い出せないくらい遠い場所で
ふるえているきみの手を握る歌になって






あなたへの思いが
あなたを傷つける言葉に変わってしまいそうだ

せりあがる思いに身をまかせて
走り抜ける恐怖から目をそらす繰り返し

でもね
けして一人ではないのだから
一人きりだと思うのは
見つめたりないだけなのだから
まなざしを運河にまかせて
おしつぶされた悲鳴のような時間が
息をふきかえすのを待とう

 ○

何年住んでも
この町は私を知らない
知らない人々が運河にそって
箱のようにならんで暮らしている
それでも橋を渡るとき
少しだけ気持ちがせりあがるのは
水が私を思い出すからだろうか
私を私でない私にかえしてくれるからだろうか
つながれた船が
今はない生まれた家のようだ



きみ


そこまでなんだろ
きみのさびしさと怒りは

きみが感じとれるさびしさと怒りは
その程度なんだろ
辿りついた場所にうずくまって
きみ以外の人々を見つめようともしないで
ちょっとしたつらさを
グラスの氷のようにうかべて
目をつぶって自分をいたわっている

おさない言葉でつつまれたきみ
この時代を飾る広告のようにきみはきれいだ
努力したんだね
すごくきれいだよ
でもきみの世界には
きみが知っている人もきみを知っている人もいないんだね

きみのなかでひろがっていく闇
きみが知ろうとしないきみが
網の目のなかで
いい子であろうともがいている
きみに似た誰かをさがし
さえずりあいながら
初めから老いたきみになって
そこにすわりつづけるのかい

きみは目をつぶる
きみの知らないさびしさや怒りが
ほら
きみの言葉の届かない夜になってうかんでいるよ



スケッチ−−ある日出会うための


こんなにそばにいるのに
きみには私が読めないんだね
お互いの言葉を誘い出すように
話しながら知り合うことができないんだね
生きのびるための言葉だけ上手になって
ここから変わっていくための言葉が出てこない

狂わないためのずるさから
きれいさが生まれるようになった
怒りっぽいかなしさをまとって
少年少女が小ぜりあいをくり返す
大人たちは彼らについて書かれた本を読んでいる

 ○

きみがある日見せてくれたやさしさを
思い出してしがみつくことがいまでもある
いつまでもある

その日きみは何かを話し出そうとしていたのかもしれない
ふっと自分のことを誰かに聞いてもらいたくなるようにね
生きることが世界への働きかけで
世界への働きかけが自分の言葉を開いてみせることだとして
そして
開いてみせた言葉をハンカチでつつんで
走り出して角をまがって
失望をしずめることのくり返しが生きることだと言い聞かせても

きみをいつか気持ちよく読んでくれる誰かに
差し出せる言葉を
きみに書きつづけていてほしい



まぶしさをあつめて


朝のまぶしさをあつめて
遠回りしなければ届かない
期待をゆり起こす
不安やおびえを数えてうなされた夢のあとでも
つぶった目の奥でひかりを受けとめる
くるしんだ選択の根拠をたしかめ
脱ぎ捨てきれない弱さの輪郭を辿りなおして
空にうかべるように目を開ける
朝がちりばめたまなざしが
ふっと振り返るようだ

変わっていけるかな
変えていけるのかな
あらゆる変化をくぐり抜けて
変わらないはじまりの力を行使する言葉になって

立ちあがって歩き出す私には
遠い橋を渡っていく私が見える



ラブソング


家出して
かばんひとつで橋を渡ってきたひとは
私の細部につまずくことがあっても
私を全体として許してくれた

私たちは
ベランダの花のように肩をならべて
世界を見つめながら暮らし
同時におなじことを口にすると言ってはわらった

私は処理場に働きに出た
毎朝橋を渡って出かけ
毎晩泣きながら橋を渡って帰ってきた
きみの仕事は命にやさしい仕事ばかりだとせめると

あなたは泣きだしそうな顔で
おいしいジュースを作ってくれた
私の労働は速度をまして
毎晩あなたのなかでくるくる回りながら自分を修理した

けずられて小さくなっていく
速度に耐える自分をほめて生きのびる
時代を切り裂いたジャニスやニールの
ノイズだらけの歌の重さにはもう帰れないのかな

信号だらけのフラットな歌の時代に
信号灯のように打ちあげられる思い出はそのままにして
私は誰かと見つけあう信号灯になって
あなたから産まれるように飛び出さなくちゃいけない

かばんひとつで家出して
橋を渡ってきたひとは
聞きとれない声でつぶやきつづける私を膝に抱いて
いつでも誰にでも読める紙の本の編集をつづけてねと言った



眠る男


私のなかで眠る男が言う
もう何年たったのか 百年たったのか
それともまだ始まってさえいないのか
時間が息をひそめ
数値化された年代が破壊力を行使する
ここは地下鉄が往復する穴のような場所だな

私のなかで眠る男が言う
暴発と後退に終わる私たちの戦い
本の背のようにならべられた思考の市場競争をこえて
歩き出すための方法の提示も貧しいまま
私たちは部分としていつも殺されてきた
そして

言葉を都合よく飼いならす方法が成長した
じつは人間は
言葉の性能を開発する場所として
生かされているだけなんじゃないか
私たちの沈黙を育てる言葉の機能を
磨きあげているだけなんじゃないのか

私のなかで眠る男が目をあけて言う
おれがおまえの言葉だ
おれを育てろ
私が目をあけると
私の詩が思い出せない白髪まじりの高校生が
地下鉄の窓からこちらを見ている



不思議な季節


急に去っていった恋人が残した傷のように
私が裂けてしまう夜には
もう読まれなくなった本のように目をとじて
まだ書かれていない私をさがして
言葉の棚をこつこつと叩くのです

自分のなかに倒れこむように
友だちが次々につぶれていったあとで
ひろがっていく隙間のようになった私の時間から
腕をねじりながら突き出す祈りのように
書き続けなければいけないのです

拒絶する花びらのようにきみが
椅子に話すように話しかけてくる不思議な季節
だいじょうぶ きみがきみの垣根をこえて
きみを私に書きつけるように話してくれるのでなければ
きみの大切なところに私の言葉はさわれないから

きみがきみを思い出すのでなければ
私の言葉にはたどりつけないのだから
思い出せるかぎり遠い夜を経巡って
王よ あなたは誰からも忘れられた言葉になって
帰還しなければいけないのです



愛情万歳


生きのびるためだけに話しすぎてしまいそうな一日だが
きみとの距離を見失った話すためだけの言葉は捨てて

おだやかな顔をして
底のぬけたまぶしさのような胸に
言葉が生えてくるのを待つ いや
言葉をどうしてもつかまえてやろうと
きみからは見えない姿勢で身がまえる
おだやかな顔をして たとえば−−

増幅された快楽が生み出す欲望と失望のなかから
きみはきみの絵を描くために旅立つ

痛み・怒り・つらさに映し出されるきみの
はじまりに何度も立ち返りながら

きみは何度でも生まれるだろう
押し寄せる歌から浮かびあがるように

枯れてしまうかもしれないきみ
こわれてしまうかもしれないきみ
打ちあげられた海草のように
へばりついてしまうかもしれないきみに

話しかけたいと思ったことを私は忘れるだろう
きみがいてどれだけささえられたかということも
「古い夢、古い傷、古い雨」というタイトルで
自分を組み立てなおすように詩を書こうとした
一日をいつか思い出すことがあったとしても






さびしさが
目の前のさびしさを腕で押しのけながら
支配をささえ
それぞれの慰安とさびしさに帰っていく絵

大きな声が太い線になって飛びかいながら
足になって
小さな目たちを蹴りちらして
それをほかの目たちが拍手している絵

みんな同じだよとつなぎとめる歌に
解放されると言うきみが
きみだけしかいない島でマイクをにぎっている
みんなきみを嫌いなんだ

さえずりあう鳥になって吹きぬけていくんだね
きみたちの幸福を祈る
さえずりあうことさえ失敗したカラスになって
私がきみたちより神経質だった頃を思い出して

目の前のきみへの
果てしなく曲がりくねって
しかも届かない道である私を見つめている今も
きみたちがはげしく通りすぎていく

もっとつらくなってこわれそうなきみになら
差し出せる一行を持っていると思うだなんて
発熱しない傲慢さはしまって
愛でていようか 愛でつづけられるか

歩いてきただけの時間をポケットに入れて
今日も橋を渡る
誰かの死体をぶらさげて
空が私を見つめているななんてしらじらしい顔をして



橋の上で


 月 日
生まれようと急ぐ言葉たちがわきあがってくるが
生きのびようとする恐怖感をまなざしの向こうにうかべると
おだやかにはりつめた川が流れはじめる
観念がいっせいにわきあがってたった今
青ざめて死んでいく人がいるんだろうか

 月 日
おびただしい歌が流れはじめた季節に
私を見つけた歌に誘い出され
きみを見つける歌をさがしつづけてきた私のなかで
思い出のようにねむっている私が
雲の切れ間のようなかなしみになってゆすぶってくる

なぜ急ぐんだ 何を急いできたんだ
なぜ逃げるんだ 何から逃げてきたんだ
何を引き受けられると言うんだ
お前の言葉で何ひとつ変わりはしない世界から切り落とされて

 月 日
怒りを思い出すのに時間がかかりすぎるようになった
思い出したくないことをしずめようとして
無防備な自分もしずめてしまったのか
この街のにぎやかな沈黙、後退、排除
空にうかびあがる見えない腕が
遠い戦争のスイッチを押しつづけているというのに



歌−−コメディ


私が聞きたいのは
風と街と私をもう一度ひとつにする歌
でなければすべてを消す歌

わきあがる歌もなく
わきあがる歌ほどにまちがえることもなく
明日には消えていく歌が行列して
感受性のコレクションをならべなおしている

読むことによって書きつがれ
歌いながら自分を押し出すように歩きつづけ
打ちあげられるようにたどりついた場所から
歩きはじめるしかない季節

ふざけていただけかもしれない日々の記録から
破棄される私を読みなおすように歩く道には
失敗した私たちの感情が敷きつめられ
失敗をコメディに読みかえきれない私たちの弱さが
おたがいを否定しあう聞きとれない声になってひろがっている
つぶしあいながらついに新しい声を生み出せない連帯の歴史を越えて
坂をころげおちる光のような声になって歌い出せるか
シズテムが生み出した沈黙を照らし出して
目を見合わせてふき出すやさしさになれるか

コメディ
きみにわれをわすれて微笑んでほしい
きみをわすれることなくきみが
うかびあがるように笑ってほしい

コメディ
きみがわすれていたきみの好きな歌を
アルバムを開く手品のように
ぴったり言い当てるなんて

きみがまだたおれていて
まっすぐ立っているのもやっとの夜に
降りそそぐ沈黙を見つめかえそう






本のように抱きあって私たちは出かけなかった
書かれた言葉が声を見つけ
声が言葉をさがすようにはじまった日々
私たちは呼びあいながらふえていくだけの花びらのように
降りつづける夜のなかに時間をなくしてきたのか

信号のように明滅しながら声は出かけなかった
はじまらない時間のなかで踊りながら
気持ちよく廃棄されるために歌いつづける
ここは切り落とされた耳たちの森のようだね
開いたままの口たちが貼りつけられた壁のようだね

輪になって倒れるまで踊ってるのかな
自分の外側に振りとばされて
声の外側で記号のような言葉を繰り出しながら
あやつられていくのかな 死なないために
それでもきみにたどり着きたいと

生まれるかもしれない声の可能性をそぎ落としていくのか
振りかえるときみは言葉を着替えてしまって
新しい人になりすまして踊っている
ながい手足をやわらかく折りまげて
百年以上も生きてきたのにね



FOOL


のぼりつめた言葉たちが帰って来ない空を見上げて
帰って来ない友人たちを思い出す
喫茶店や酒場のテーブルの上で世界をならべなおすように
語りあった言葉のなかに時間があったね

自分の傷にのみこまれるようにきみたちが去っていった街では
ふさがれた傷のように世界が見えにくくなって
ばらばらな数値になった時間が
ビー玉のようにまき散らされては整列していくんだ

記述されない歴史のように時の運河にあお向けにうかんで
ひどくゆっくりと急ぎながら大きな曲がり角を通過していく
私はまだ生まれない叫び
見つめないものには聞こえないまなざし

いつまでも変わらないのね
少年みたいな傲慢な愛の押しつけね
昔の恋人が耳もとでささやいても聞こえないふり
目をあけたまま流れていく



誕生歌


もう少し狂わずに歩いていこう
長い幻滅をくぐり抜けることができないとしても
幻滅をたしかめることでしか
出会えない希望のはじまりをポケットに入れて

誰をも幸福にしない労働が滅びはじめる
資本と国家がサイレンをならしながら
生命維持のために恐怖をまき散らす時代
獲得した快楽を新世界に向けて少しずつ手放しながら
辿りつけるかもしれない意味に向かって
不快な脅迫にとりつかれながら
不快なノイズと呼ばれながら
こわれていこう 花の痛みになって

(一人では抜け出せない
 一人で抜け出そうとしてはいけない

私が待っているのは
システムを出発点としない労働の想像からはじまる交信
もうひとつの広場という考え方は嫌いだ
自分を許すための集合が再生産されるだけだから
価値を疑う 椅子を疑う
いつまでも橋
橋を渡るときに空がひろがると
いつのまにか歌っている心の動き
そこからしかはじまらない手紙が私だ



海へ


ちいさな心配と
それでもうまくやれるはずだという
優等生的な傲慢さがかきたてるいらだちも
もう読み終える頃合だ
ちいさな嫉妬や否定が
支配の論理とひびき合って行使される場所から
少しずつずれていくために
何度でも書き始めよう

運河にたたえられた水
その舟をうかびあがらせる力に秘められた
ある秋の夜に酔っ払ったホームレスを
飲み込んでいった沈ませる力
力のぶつかり合いに身をそわせるように
私は耳をすます
遠い国の戦争と国家の変質
日常をつき動かす国家と支配をおおいかくす言葉の群生
その中にちいさな曲がり角のようにぽっかりと開いた
誰かと会えるかもしれない場所

恋人よ
きみがいつか私を見つけたのは
きみがきみを見つけるようにだったね
私がきみを見つけたよと言ったときには
きみはまだ私の知らないきみだと言って背中を向けたくせにね
沈み込む力のなかにうかびあがりながら
くちびるとゆびさきを水面につき出して
何度も照り返す午後のやわらかい記憶になって
はなればなれになった季節から
時計が目をさますように
月日を数え始めたのだったね

はりめぐらされた運河に沿って歩きながら
私は息をととのえ直す
はりめぐらされたものに閉じ込められた感受性を越えて
私は海をめざすまなざしになる



BOY


引き返せないほどきみを好きになっても
僕はきみの名前も声も知らない
坂の上の家で
ラジオの歌に僕をうかべたり
本の中に入って
僕以外の僕を旅したりするだけで
きみは遠い
きみは僕を映し出して
僕が僕であることを確かめるための
こわれやすい鏡みたいだ
僕はきみを知らないまま年をとるだろう
小さな声を出してみる
誰にも届かない声
それでも声を出しつづけていけば
石につまずくように
僕と僕のまわりの何かが変わっていくかもしれない
世界がブラウン管をこえて
僕のまわりにあつまってくるかもしれない
ずれた顔のような世界
どこまでも引きずられていく叫びとやさしさ

暗い夜でも
誰かの声が聞こえてくるかもしれない
風は冷たいけれど
薄着で窓を開けていよう



BOY II


キスだけして会えなくなったきみのことを
いつまでも考えている午後
僕は坂をころげ落ちるように年をとり
大切なことをわすれた花のような気持ちで目をさます
崖っぷちに辿りついた世界が
これからのぼりつめようとする世界をコントロールしようとしている
世界がせめぎ合う境界線が
見えない鳥の影のように毎日通りすぎる町で
僕はきみにどんな影を見せてしまったんだろう
これからは
きみに会えるかもしれないと思いながら
きみに会えない日々がはじまる
きみにもう一度好かれたいと
ふっと振り返るような自分のしぐさを嫌悪する日々がはじまる
もうわかってしまっている自分の弱さに
ある日道を曲がるように
この町の引き返せない変化がくっきり見えてくるまで



BOY III


僕と小沢が土手に掘った階段も
コンクリートで塗り込められたらしい
きみからメールの返事は来ない
ディスプレイに向かって愛を語りすぎたからだろう
手ざわりの記憶が消されていく町に
出かけて行ったまま帰らない兄さん
外国のニュースにはアクセスできるのに
この町で起きていることがわからない
僕は本当は誰が好きなのかもわからない
僕が僕のからだ以上の誰なのかもわからない
僕のからださえ僕なんだろうか
犬のように反応する性欲と食欲以上の
あの日本当に楽しそうに小沢は笑っていた
階段を使ってくれた人々の記憶も塗り込められた
誰かが小さい声で歌っているのは
僕たちをおびき出す放送だ
本当に追いつめられた歌はまだ始まらない



BOY IV


だんだんいやらしくなっていく僕
きみが振り返ったとき
目が合うように計算している
会えなかった朝は
きみを乗せた地下鉄は今どこを走っているのか
早く年をとれればいい
大きなカーヴをきっていく世界の
僕は口数の少ない書記になって
去った世紀の思い出にひたる人々を
図書館の棚にしまってあげよう
混乱をくぐり抜けて辿りつくべき世界では
きみへの思いを書きつけたファイルは
僕からも忘れられ
誰かに思い出されることもない少年のまま
目を開けつづけているだろう



BOY V


暗い夜でも
誰かの声が聞こえてくるかもしれない
風は冷たいけれど
薄着で窓を開けていよう

まだ世界を呼び出せない僕の言葉が
きみの力になれないからといって
僕はきみを殺したりはしない
僕は誰かを殺したりしない
誰かをくるしめてしまうという僕のなかの敵を見つめながら
この町ではげしく成長していく敵のすがたが
きみにもくっきり見えるように
僕は僕の言葉にやすりをかける
電話が鳴っている
誰かが誰かをさがしている
かすかにいつまでも



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